マジで効くからままならない
翌朝、星野さんが玄関前に車をつけて千歳を迎えに来てくれた。ウキウキで外に出る千歳。俺は何が起こるか心配で、千歳について様子を見に行った。
千歳は、星野さんの黄色い軽に声を掛けた。
『おはよー! 今日はよろしく!』
「おはよう千歳ちゃん……え? あれ……」
運転席から顔を出した星野さんは、たちまち顔を赤らめ、胸に手を当てた。
「ち、千歳ちゃん、今日は一段ときれいね……? え、どうしましょう、なんかドキドキするわ……」
変なことが起きている!
俺は、慌てて千歳の前に出て、事情を説明した。
「すみません星野さん、今、千歳、不特定多数にモテモテになる術がかかってるんですけど、もしかして……」
星野さんは頬に手を当てた。
「こ、これが、恋……?」
『ええええ!?』
衝撃の叫び声を上げる千歳を、俺は家に押しやるようにした。
「千歳、ちょっと今日はやめとこう!星野さんにも効果てきめんだよこれ!」
『う、うん……』
星野さんは運転席から身を乗り出した。
「いいのよ千歳ちゃん、一緒に行きましょう、二人きりでデート……」
星野さん本気だ!
千歳はあわあわしつつ言った。
『ごめんやめとく! 星野さんおかしくしてごめん! 離れたらどうにかなるはずだから!』
千歳はすっ飛んで家に駆け込んでいった。
星野さんは追いかけたそうだった。けど、車彼女が車から出るのを俺が制していると、星野さんはハッとした顔になった。
「え、今のなんだったの……?」
「その、千歳、不特定多数にモテモテになる術にかかっちゃいまして、それが星野さんにがっつり効いちゃってまして」
「なんでそんなのが……」
「近所の専門職のミスというか……しばらくしたら解呪できますので、それまではちょっと千歳との接触を控えたほうが」
「そ、そうするわ、確かにさっきおかしかったもの」
その日の午後、千歳にかかった術を見に、金谷あかりさんと南さんと緑さんが来た。しかし、やはり様子がおかしい。
「わ、私には狭山さんが……」
「千歳さんが一段ときれいに見えます……」
「ど、どうしよう、千歳ちゃんにドキドキする……女同士なのに……」
『いやワシ女じゃないぞ?』
緑さんが両耳を押さえた。
「ワーッそれ言わないで! 逆効果!」
煩悶する三人を見て、俺は、だめだこりゃと思った。
「ごめん千歳は家にいて、俺とりあえずみんな他のところに行ってもらうから」
南さんが言った。
「いつもの喫茶店行きましょう、個室付きの……」
「そうしましょう」
そういう訳で、南さんが飛ばす車でいつもの個室付き喫茶店へ。三人とも、千歳と距離が離れると正気に戻った。
喫茶店でドリンクを頼んだあと、南さんが俺に聞いた。
「和泉様はなぜ平気なんですか?」
「うーん、千歳には宇迦之御魂神様と閻魔大王様の加護のせいだろうって言ってあるんですけど、本当は他に思い当たることがあって」
「なんですか?」
嘘を付くわけにいかない、照れくさいが……。
「まあ……私は既にどうしようもなく千歳が好きだから、普段と変わらないんだろうなと」
苦笑しつつ言うと、南さんは息を呑んだ。
金谷さんは目を丸くした。
「あっ、やっぱり和泉様、千歳さんにそういう気持ちで……」
「そうです、恥ずかしいけど。千歳には黙っててください」
緑さんが取りなすように言った。
「まあ、和泉様としては自然な感情ですよね」
その通りなので、俺は頷いた。
「人生どん底の時に優しくしてもらったら、もうダメですね」
それから4人で話し合い、和束ハルの解呪の術式ができたら、術式に詳しい人がチェックして、大丈夫なら千歳に使うってことになった。
それで家に帰ったんだけど、「ただいま」と千歳に声をかけて、俺は驚いた。
千歳が、目に涙をたっぷりためて俺を見たのだ。