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人の養子に入りたい

金谷さんは時間を取って三人で相談したいということで、でもこのコロナ感染爆発のご時世に対面でと言う気にもなれなかったので、翌日俺が時間の取れるときに、LINEのビデオ通話をパソコンですることになった。

金谷さんから、事前に「話しながら見ていただきたい資料です」とPDFが送られてきたが、それは、あいうえお順の人名の羅列、というか名字のリストだった。

怨霊(黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)にリストを見せたら『ワシの名字の候補か?』と不思議がっていた。確かに、千歳の戸籍を作るとなると、名字も決めないといけないけど。

ビデオ通話を始めてみると、千歳の予想は当たらずとも遠からずだった。金谷さんは初めて見る千歳の黒い格好にびっくりしていたが、すぐ気を取り直したようで、話しだした。

「あのですね、千歳さんが戸籍を作ると言うことが広まりまして。そうしたら、千歳さんと紙の上だけでいいから親戚になりたい、という家がたくさん出まして、送らせていただいたのはその家のリストです」

『あんたの味方の家か?』

「はい、千歳さんに今の生活を続けてほしい派閥の家ばかりです。〈そういう〉素質の人間たちの家でもあります」

俺は聞いた。

「親戚になるっていうか、千歳を養子にするってことでしょうか?」

「そういうことになります。養子にせずに戸籍だけ取ることも制度上はできるのですが、とにかく要望がとても出たので。もちろん、紙の上だけの話ですが」

『でも、人んちの子供になると、もしその家が呪われたりしたら、ワシも何かあるよなあ』

そんなことあるのか? いや、でも、温泉の朝風呂の時からすると、千歳は割と心霊事情に詳しいみたいだし、事実なんだろうか。

金谷さんは言いづらそうだったが、答えた。

「……まあ、そうです。ただ、現代でできる呪いと千歳さんの強さを考えると、千歳さんを子供に持つ家が強力に呪われても、千歳さんはなんとなく不快、くらいにしかならないと思います。それに、呪い呪われるような関係を持っている家は今のところありません。あと、わかるかとは思いますが、養子にしたい家は千歳さんと縁を結ぶことで、千歳さんからの恩恵を受けたいという気持ちがあります」

千歳は目を瞬いた。

『ワシの恩恵? 飯作るくらいしかできんぞ』

「規格外の霊を親戚にできる、というだけで、各家にメリットがあるんですよ」

『そういうもんか?』

「そういうものなんです」

俺は聞いた。

「千歳がどこかの養子になるとして、呪われた時の悪影響以外に、何か千歳から見てのメリットはあるんですか?」

金谷さんはすぐ答えた。

「千歳さんの生活の基盤である和泉さまに何かあれば、千歳さんを養子にした家が全面的にバックアップします。金銭的なことだけではなく、和泉さまに怪我や病気があった時なども便宜を図ります」

……千歳っていうか、俺のメリットだな。でも、千歳の生活の基盤だから俺をバックアップしてくれるということなら、千歳自身のこともある程度はバックアップしてくれるかな。

「例えば、俺、今度の引っ越しでは俺名義で部屋を借りるんですが、今後何かあって、俺名義で千歳のために契約しないといけないけど、俺の名義の力不足でそれがかなわない、とか、千歳名義で契約したいけど千歳名義だと力不足でできない、とかの時に、俺や千歳の名義の信用度を上げるために養子先の家に動いてもらって、契約できるようにするとか、そういうことは可能ですか?」

金谷さんはすぐに答えた。

「養子先の家を中心に、私どもで全面的に協力させていただきます」

なら、千歳が今後生きていく上で(怨霊だから生きてるかというと微妙だが)、ある程度の後ろ盾にはなってもらえるわけか……。

「……そういうことなら、養子になるのは前向きに考えてみてもいいかもしれない、と俺は思いますが……千歳、千歳はどう?」

こういうことは本人が決めなければならない。千歳は考え込んでいたが、言った。

『恩恵とかは知らんが、もし子供になった先の家が呪われたら、なんか嫌だから、呪った奴張り倒していいか?』

「そういうのがまさに恩恵ですね……呪いを止めていただけるなら、まあ、死なない程度なら」

『じゃあ、養子なろうかな』

「では、どの家にするか、リストの中から選んでいただけますか? ある程度は、どういう家なのか私からご説明できます」

『うーん……』

千歳は、俺がスマホに出したリストを睨みつけた。

「……上島って、戦争前くらいに、上島紗絵って女がいた家か?」

「ええと……確か、そうです。千歳さんの中にいる霊の一人の出身の家ですね」

千歳は、何故か心底嫌そうな顔になった。

「……とりあえず、上島の家の養子にはなりたくないな。あそこは妹が姉いびり殺すようなとこだから。今は世代変わってるだろうけど」

「え」

金谷さんの目が丸くなった。俺は聞いた。

「えっと、話の流れからして、いびられたのはその上島紗絵って人?」

『うん』

「千歳、中にいる人のことよく知ってるみたいだけど、その人のこともよく知ってる?」

千歳に以前聞いたことを思い出して聞くと、千歳はこともなげに答えた。

『おう、上島紗絵は料理できて、家事全般やらされてたから、今飯作るのに、そいつの記憶がすごく役に立ってるぞ』

「そうだったの!?」

間接的にだけど、ものすごく世話になってるな。お礼を言わなければならない、いや、聞こえるかわからないけど。

『こんな奴だ、目立ちすぎるから、今までなったことないけど』

千歳は、ボンと音を立てて姿を変えた。割烹着姿の、小柄な女性が現れた。丸顔の、美人とは言えないまでも愛嬌のある、かわいらしい女性だったが、顔の左反面が赤い痣に覆われている。

「え、その顔、いびられて火傷か何かしたの?」

ぎょっとして俺が聞くと、千歳は首を横に振った。

『いや、生まれつきだ。こんな顔だったし、妾の子だったから、いじめられてばっかりだったんだよな』

「……きついな……」

令和の今なら、もし愛人の子だったとしても、昔ほど引け目を感じる立場じゃなかっただろう。痣も、何かしら薄くする技術があったかもしれない。でも、昭和初期じゃな……。

金谷さんは、びっくりした顔のまま千歳を見ていたが、やがて言った。

「……上島当主からの説明は、「妾腹の鬼っ子が顔の痣でひねて育って、言うことを聞かなくて、死んでからも暴れた」だったんですが……」

千歳は眉根を寄せた。

『言うこと聞かなかったの、家出した時だけだぞ。ずっと女中扱いで、でも変に素質があったから家から離してもらえなくて、一度家出して食堂に住み込みで雇われて料理作ってたんだけど、素質があるんだから子供産めって連れ戻されて、その上、生んだ子供取り上げられてる』

昭和の女性ということを割り引いて聞いても、壮絶すぎる。金谷さんも絶句していた。俺は言ってみた。

「こういうの、一方からの説明で判断しちゃだめですね」

「……そうですね……そもそも、単に反抗的な人ってだけなら、霊になってから怨み持って暴れませんしね……」

千歳は、またボンと音を立てて黒い一反木綿に戻った。

『選び直すぞ。あ、この金谷ってあんたんちか?』

「あ、はい……私の両親です。千歳さんの生活をバックアップしたい派ということで、一応リストに入れてあります」

『ふーん、ここんちの子供になったら、あんたときょうだいになるのか』

「紙の上での話ですが、そうなりますね」

『あんた、ここんちで育ってるんだよな』

「はい、というか、今も休みの日は両親のところで生活してます」

『ふーん、あんた兄貴いるよな、兄貴はどこ住んでるんだ?』

「両親と一緒に暮らしてますね、兄が神社を継ぐので」

『ふーん……』

千歳はしばらくリストを眺めていたが、顔を上げて言った。

『なあ、養子になるの、あんたんちがいいな』

金谷さんは、また目をまんまるにした。

「え、でも、他に有力な家たくさんありますよ!?」

『だって、あんたしっかりしてるから、あんたの家ならいい家そうだし。金谷千歳って名前、わりとまとまりがいいし』

名前の字面はともかく、金谷さんは年の割に非常にしっかりしてるし、その金谷さんが育った家なら信用できる、というのは、わかる。

「千歳の選ぶ基準、割といいんじゃないかと思うんですが、どうでしょう」

俺が言うと、金谷さんは複雑な顔になった。

「いい家と言っていただけるのは嬉しいんですが……上島当主にものすごく反発されそうですね……」

『そうなのか?』

「もともと、千歳さんを養子にしたいって言い出したの、上島家なんです。そしたら、いろんなところから手が上がって、このリストになってしまって」

有力な家どうしの権力争いの面もあるのかな? 千歳の取り合いか……でも、どうせそれが起こるなら、せめて、千歳とこれまでやり取りがあって、千歳をよく知ってる人間がいる家を選んだほうがいいかも知れない。

千歳はまた額にシワを作った。

『あんたが困るなら別の家にしてもいいけど、上島は嫌だ』

まあ、そりゃそうだよな。

金谷さんは悩んだ顔だった。

「……別の家にしても、同じ問題が起こりますので……いえ、大丈夫です。うちの両親もなんとかできる人なので。千歳さん、私のきょうだいということで、よろしくお願いいたします」

『よろしくな』

金谷さんの両親が千歳の親になるのか。どんな人なんだろうな。

「千歳。一度、金谷さんの家にあいさつしにいってもいいかもね、よろしくお願いしますって。俺も金谷さんちで仕事してることになってるしさ」

『それもそうだな、なんか土産持っていくか』

「コロナが減った頃にしたほうがいいと思うけどね」

『しばらくかかるなあ』

俺は金谷さんに聞いた。

「そういうことなので、機会を見て、金谷さんのご両親にごあいさつしに行ってもいいですか?」

「あ、はい……大丈夫です。大したおもてなしはできませんが」

俺は苦笑した。まあ、怨霊のもてなし方とかわかんないよな。でも、この件に関しては、俺たちもてなされる立場じゃないしな。

「こっちがなにか持ってく立場ですよ、あいさつしたらすぐ帰りますから」

千歳が首を傾げた。

『あんたの家族、何か好きなものあるか?』

「ええと、甘いものなら何でも。兄が特に好きです」

『じゃあ、なんかいいお菓子、今から見繕っておこう』

「俺も、ネットで買える奴なら探しとくから」

『やっといてくれ! ワシもこないだの駅前のスーパーで探してみる』

「おっけー」

その後、年齢など、千歳の戸籍の細かいプロフィールを決めようと言う話になったが、思いもよらないところでつまづくことになった。

この話は2022年夏頃が初出です

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