番外編 金谷千歳と誕生日プレゼント
この夏一番の暑さかもって日に限って、和泉は横浜で外仕事。だから、ワシも暑い中近くまでついていくことになった。
炙られてるんじゃないかってくらい暑い。今日の夜食えるチョコミントタルトがうまくなきゃ、収まりがつかないぞ。
和泉は無事仕事を終えて、ワシはすぐ合流した。
『チョコミント! チョコミント! 今日クソ暑いのに外出たからご褒美!』
「うんうん、すぐ取りに行こう」
和泉は微笑んだ。
そういうわけで、ワシらは横浜駅近くのケーキ屋にチョコミントタルトを受け取りに行った。
真っ白な店構えにシャンデリア、ガラスケースの中に並ぶ色とりどりのフルーツタルト。すごい! いいケーキ屋っぽい!
ガラスケースの中のタルトを眺め回して、それからタルト達の値段を見て、ワシは腰を抜かしそうになった。1切れで1000円超えてる!
え、じゃあ和泉が予約したチョコミントタルト、ワンホールって。
和泉は何でもない顔で店員さんに話しかけ、スマホ画面を見せた。
「予約した和泉豊です、これ予約券です」
「はい、ただいま」
店員さんは奥に引っ込み、保冷バッグにケーキの箱を入れて戻ってきた。
「9072円になります」
「はい、1万と2円で」
「はい、930円のお返しです」
今なんて言った!?
『きゅ……きゅうせんななじゅうにえん!?』
ワシがひっくり返った声を出したもんで、和泉は苦笑した。
「そんな驚かなくても」
『こんな高いのいいのか!?』
「そんなでもないって、プレゼントと誕生日ケーキ合わせた値段とすれば」
『それは……そうかもだけど……』
「保冷剤そんなに持たないからさ、早く帰って食べよう」
『う、うん』
こいつ……もしかしてワシのこと、ものすごく甘やかしてないか!?
ワシ、確かに和泉には甘えたいけど……和泉はすごく甘えさせてくれるけど……。
帰って食べたチョコミントタルトは、ホワイトチョコクリームのまったりした甘さにペパーミントのさわやかさが鼻に抜けて、土台のココアクッキーはビターで、絶妙なバランスだった。一言で言うと、ものすごくうまかった。
いや、でも、九千円……和泉の懐で九千円って……。
翌日。
星野さんちの畑の手伝い終わりに、『こういうことがあってさあ、ものすごくうまくはあったんだけどさあ』と星野さんに言ったら、星野さんは笑って「そりゃ、和泉さんは千歳ちゃんのこと大好きだもの!」と言った。
「和泉さん、きっと誰よりも千歳ちゃんが大事よ。甘やかしっていうんじゃなくて、千歳ちゃんに喜んでほしかっただけよ」
『じゃあ、大げさに喜べばよかったかなあ』
「でも、千歳ちゃんにお金を使いすぎなら、ちょっと怒ったほうがいいかもね」
『うーん、そうだよな、やっぱ』
あいつがワシに無駄遣いするのは、あんまりよくないと思う。
星野さんは「ちょっとで十分よ?」とワシの肩をポンと叩いた。
「千歳ちゃんにすごく怒られたら、和泉さん悲しくて凹んじゃうだろうから」
『そんなに?』
「そんなによ」
そう言われてから、ワシは家に帰って、昼飯の時に和泉に言った。
『なあ、昨日のチョコミントタルトすごくうれしかったけど、別に高いものじゃなくたってワシうれしいからな?』
「え、そう?」
和泉はきょとんとした。
『だから、ワシに無駄遣いするなよ?』
「そんな、千歳が喜んでくれるなら何も無駄じゃないよ」
和泉は否定するように片手を上げた。これ、絶対ワシに無駄遣いするだろ! ダメだ、釘刺しとかなきゃ!
『来年の誕生日はさ、肩たたき券でいいからな』
「ええ!?」
和泉は驚き、少し考え、それから言った。
「じゃあ二十枚くらい……俺、肩のツボとかもみ方とか調べとくよ」
『そんなリキ入れなくていいって』
本当に、高いものじゃなくたっていいんだよ。高いもの欲しかったら自分で買うしさ。
どうしようかな、どう言えばいいかな。
『その、お前がくれるなら気持ちだけで十分だよ』
そう言うと、和泉は一瞬目を見開き、感極まったような顔になり、天を仰いだ。
「俺……この気持ちの表し方をお金しか知らないんだけど、どうしたらいいだろう……」
このバカ! あ、いや、あんまり怒っちゃいけないんだった! あ、そうだ!
『お前が好きな人と結婚して子供作ってくれりゃ、それが一番のプレゼントだよ』
途端に和泉はしぼんでしまった。
「いや、あの、それは……その……俺もできることに限界があるというか……」
『どんだけ奥手なんだよお前』
しょうがないやつ。まあ、気長に付き合わないといけないかなあ。