自認の通りに行いたい
千歳(二十歳の朝霧の忌み子のすがた)と一緒に、自動車学校に入校申し込みに来ている。まず、必要な書類を書いて受け付けに出すのだが、そこで千歳にトラブルが起こった。千歳が受付に書類を出したところ、「記入漏れがあります」と返されてしまったのだ。
『あっごめんなさい、どこですか?』
「性別のご記入を」
『え、どっちでもないです』
「いえ、決まりなのでとりあえず女性に丸を……」
『え、そんな、女じゃないんですけど』
「え? ええと、それなら男性に丸を……」
『男でもないです』
「え、ええ……?」
ややこしいことになっている!
俺は千歳のところに行った。
「大丈夫?」
千歳は困った顔で俺を見上げた。
『これ、男か女か書かなきゃいけないんだ! でも、どっち選んでも嘘になっちゃう!』
「そ、そうだね……千歳の場合そうだね……」
俺も困った。便宜上、女性に丸をつけるべきか? いや、でも、千歳の自認を大事にしたいし……あ、そうだ。
「千歳、戸籍上性別保留だから、マイナンバーカードにも性別書いてないよね?」
『うん』
「とりあえずそれ出して、カバーからも出して」
『うん』
俺は受付に千歳のマイナンバーカードを見せ、言った。
「すみません、この人性分化疾患で性別の判定が出来なくて、戸籍上も性別保留なんですよ、この通り」
「え、ええ……?」
「だから、どっちを選んでも嘘になってしまうんです。運転免許って公的なものですよね? それで嘘をつけと言われると、大変困るのですが」
「と、とりあえずどっちでもいいので、決まりなので……」
「公的証明に関わることに嘘をつけと言われると、こちらとしても大変困るので、区役所と警察署に相談しに行きますが」
区役所と警察署は、ここから歩いていける範囲にある。さすがにどっちも土曜にはやってないが、日を改めて相談しに行くことはできる。
俺は、受付の人に最後のダメ押しをした。
「こちらの教習所で、公的証明に関わることで嘘を書かされそうになっている、警察にそう相談してもよろしいということですか?」
そこまで言うと、流石に受付の人の顔色が変わった。
「しょ、少々お待ちを……上の者に相談してきます」
受付の人は奥に下がり、後ろで何事か相談していたが、比較的すぐ戻ってきた。
「で、では、性別欄は空白でよろしいです」
『よ、よかったあ……』
千歳は胸を撫で下ろした。
それ以降の手続きは無事に済み、俺と千歳は自動車学校に入校となった。
千歳は俺に笑った。
『助かった! やっぱ、お前がいれば大丈夫だ!』
「いやー、なんてことない」
千歳の戸籍に性別がなくて本当に助かった、これがなきゃ抗弁できなかったからな。
……しかし。
千歳の自認と戸籍が一致してるからこの手が取れたわけで、一致してない人は大変だろうと思う。戸籍の性別変更なら、大変ながらまだできなくもないが、どちらでもない、となると変更の手立ては全くない。
大変だろうな、とは思うが、そう思うことくらいしかできないんだよな、俺には……。