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朝風呂一緒に浸かりたい

早く寝たせいか、早く起きた。まだ夜が明けたくらいのようだ。

ずいぶん良く寝たなあと思いながら、体を起こして伸びをしていると、夜ずっと藤さんの要望でタブレットをいじっていたらしい怨霊(男子大学生のすがた)(命名:千歳)に声をかけられた。

『おい、おっさんが朝風呂行きたいって言ってるんだけど、お前も来ないか?』

「ん? あ、じゃあ行こうかな……ちょっと待って、水分補給してから」

寝起きは脱水気味だし、そこに入浴してさらに汗を絞り出したら、まずい気がする。電源の切れたポットに残っていた水を適当に湯呑みに注いで飲み、飲んでから結構のどが渇いていたことに気づいてもう一杯飲む。

「じゃ行こう。持ってくのタオルだけでいいかな」

『うん』

浴場に行き、シャワーで軽く汗を流し、二人で温泉に浸かる。朝風呂なんて久しくしたことないけど、朝の貴重な時間をダラダラ過ごすのは、最高の贅沢な気がする。

『おっさんがな、ここの朝飯も期待してろって』

「おっ、そうなんだ」

『で、おっさんは、朝飯食って旅館出て地元に戻ったら、ワシから出て野暮用済ませてあっちへ行くって』

「……そうなんだ」

藤さんとは大して長い付き合いではないが、いなくなるとなると、なんだか複雑な思いになる。藤さん、心残りもたくさんあっただろうしな。

『おっさん、来年のお盆にはまた戻ってくるってさ。うちに来たら、飯でも出してやろう』

「……ん? 藤さん、成仏するんじゃないの?」

千歳は口をへの字にした。

『死んでいきなり成仏して解脱するって、ものすごくえらい坊さんじゃないとできないぞ。たいていの幽霊は、こことは別の世界でフラフラしてる』

「あ、そういうものなんだ……」

そういえば、俺は幽霊の中でも最強格と思しき千歳と暮らしているのに、死んだあと幽霊になる世界とはどういうものか、さっぱり考えたことがなかった。宗教によっても死生観は異なるが、その辺どうなってるんだろうか?

「あのさ、千歳。俺、千歳に会う前は、人間死んだら全部なくなるものだと思ってたんだけど、実際はどんな感じになってるんだ?」

『ん? 大抵の奴は、死んだらすぐ別の世界に行くし、そこでフラフラしたり、生まれ変わったりするぞ』

「千歳とか藤さんは、どうしてここにいるの?」

『んーと、心残りとかがあって別の世界に行かない奴で、素質がある奴だけ幽霊になる感じなんだ』

「素質ないとダメなんだ?」

『素質なくてもこっちにいることはあるけど、ただいるだけで、何もできないぞ』

「ふーん……」

俺は、ふと思いついて言った。

「あのさ、俺は、戦争とかでたくさん人が亡くなった所が必ずしも心霊スポットじゃないから、幽霊はいないもんだと思ってたけど、それは単に、素質のある人が亡くなってなくて、幽霊になってないから?」

『そんな感じだな』

千歳はあっさり答えた。

「素質のある奴、そんなにいないからな。だから、拝み屋とか、〈そういう〉素質がないとダメなところは、素質のある奴探して引き込んで、素質のある奴同士で子供作る」

『へえー……』

金谷さん、けっこう大変なんだな。相手が、金谷さんとうまくやることを考えてくれる狭山さんなのは、だいぶ幸運なのかもしれない。

心霊的知見を深めてから温泉を出た。部屋に戻って、どうせこれから朝食食べたら外出るんだしと洋服に着替えて、お茶などすすっていると、部屋の扉からノックの音がした。

「和泉様、千歳さん、いらっしゃいますか?」

金谷さんの声だ。どうしたんだろう?

俺は扉を開けた。千歳もついてきた。

「あ、どうも、おはようございます。何かありましたか?」

「おはようございます。あの、ここまで何も起こらなかったので、私共としてはこのまま行けば大変ありがたい結果だとお伝えしておこうと思いまして」

金谷さんの後ろには、狭山さんもいた。

「おはようございます、千歳さん、昨日はろくに話ししなくてごめんなさい。新刊まだしばらくかかるけど、その間、漫画の新刊とか、昨日LINEで伝えたことの本格発表とかあるんで、それ見て待っててくれるとありがたいです」

千歳の目がキラキラ輝いた。

『じゃあ待ってる! 今度本にサインください!』

「千歳、今回、本持ってくればよかったね」

『だって、狭山先生が来ると思わなかったんだ』

金谷さんが言った。

「和泉様たちのお邪魔にならない距離で、帰りもまた付き添いをさせていただきます。和泉様の地元の駅で、また落ち合わせをさせてください。先日送らせていただいたお守りですが、そこで回収させていただけますか?」

「ああ、わかりました」

このお守り、結局なんだったんだろう。一応ずっと首から下げてたけど。布で何か包んであるんだけど、見た目の割に重いんだよな。

「では、失礼いたします。ありがとうございました」

金谷さんは深々と頭を下げ、帰っていった。客室の方へ歩いていったので、金谷さんたちもここに泊まっていたらしい。

『もうすぐ朝飯の時間だって、おっさんが言ってる』

千歳が、うきうきを隠しきれない顔で言った。

「何が出るんだろうね? 予約のサイトには夕飯しか書いてなかったんだよな」

『その時によるから、詳しくはわからないって』

「まあでも、夕飯があんなにおいしかったんだから、朝ごはんだっておいしいよね」

『そうだな!』

「旅行先での朝ごはん、いいよね。ここみたいないい旅館じゃなくて、安いホテルでもやってる朝食バイキングあるけど、千歳はそれも好きだと思うな」

『バイキング?』

千歳は首を傾げた。やっぱりよく知らないか、昭和にバイキングがあるかというと、怪しいしな。

「いろんなおかずとか料理がならべてあって、それを好きに取って食べられるんだ。ご飯もパンもあるし、和食にも洋食にもできる」

『それもいつか行きたい!』

「……俺がもっと稼げて、もう少し余裕できたら、朝食バイキングあるところ行こうか。ここの旅館ほどいいところじゃないけどね」

千歳は、一人でそれくらいの旅行ができる金は十分あるけど、一人で初めてのところに行くのは苦手みたいだし、千歳が喜ぶことなら俺は自分の金を出していい。昨日今日で十分英気を養ったことだし、今後もできる範囲で仕事頑張ろう。

婚約内定してる拝み屋JKと一緒の宿にお泊りしたものの仕事の一環だしJKは責任でピリピリしてるしで一切甘い雰囲気を味わえなかったラノベ作家爆誕

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