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来襲者には対処したい

 同窓会当日。俺はメンズメイクをバッチリ決め、シュッとした服を着て、高根さんおよび稲口さんと会う喫茶店へ向かった。千歳ヤーさんのすがたも同行してくれているが、あくまで少し離れたところから見守ってもらうということで、俺から少し遅れて喫茶店に入ってもらうことにしてある。

 喫茶店に入ると、席にいた高根さんが俺に気づいて手をあげた。


「おひさ! かっこよくなってるじゃない」

「まあ、カッコつけたい場だから」


 俺は苦笑した。

 稲口さんも、高嶺さんの隣で微笑んだ。


「おひさ、来てくれたんだ」


 稲口さんはそれなりにうれしそうだが、声にいまいち覇気がない。

 稲口さん、顔だけなら高根さんより整ってるんだけど、なんかやつれてる感じなんだよな。そりゃ4年もDVされたらやつれもするだろうが、高校時代クラスの中心だった子がこれか……。

 飲み物を頼んだあと、稲口さんが俺に言った。


「4年前にも同窓会したんだけど、和泉くんが来ないんでみんな残念がってたんだよ」

「そうなの?」

「だって和泉くんが手挙げなかったら、男女逆転メイド喫茶絶対できなかったから」

「まあ……俺一人でも女装したら体裁は整えられるから、じゃあ女装するよって手を上げただけなんだけどね」


 稲口さんとは無難に話せているが、俺は内心ヒヤヒヤしていた。この場に妻黒くんがいたら絶対修羅場に……。

 その時、頭上から低い声が降ってきた。


「おい……お前、何鼻の下伸ばしてるんだ?」

 見上げると、ガッチリした体格の、凶悪な形相の男。うわー!! これ絶対妻黒くんだ!!

 妻黒くんは片手を振り上げた。


「お前ら、人をバカにするのも大概に……」


 妻黒くんが振り上げたその拳を、横からガッと掴む手があった。


『和泉に用事があるなら、まず先にワシとやってもらおうか』

「千歳!」


 うわー、ヤーさんの姿でこれをやられるとものすごく頼りになる!

 妻黒くんは「なんだテメエ!」と千歳に吠えるも、千歳に掴まれた手がびくともせず、かなり焦っているようだ。もう片方の手で千歳に殴りかかろうとするも、さっと手首をひねられてしまった。


『経験あるみたいだけど、だいぶなまってるな?』


 千歳に笑いながら言われ、妻黒くんは瞬間沸騰して「離せ!!」と騒いだが、千歳は全くびくともしない。

 俺は千歳に声をかけた。


「千歳、できるだけ傷つけないで!」

『わかった、とりあえず持ち上げとく』


 千歳は、妻黒くんの体をあっという間に担ぎ上げてしまった。


『おらっ、アルゼンチンバックブリーカー!』

「くそ! 離せ!」


 妻黒くんは必死に暴れるも、千歳にがっちりホールドされてまったく意味をなさない。


「それ本当に傷つけてない!?」

『ただのプロレス技だ』

「だいぶ暴力じゃない!?」


 妻黒くんは「離せ!!」と騒いだが、まったく動けていない。千歳は意地悪な口調で言った。


『和泉も稲口さんも殴らないって約束するなら離してやるよ』

「うるさい!」


 高根さんが俺を見た。


「えっと、この人がボディーガード?」

「うん、同居人」


 稲口さんは固まっていたが、やがて「離してあげて……」とうめいた。

 高根さんがすごい顔をした。


「何言ってるの! いっちゃんが殴られた分殴ってやりたいくらいなのに!」

「だって、殴るしかできない人だから、弱い人だから、私しかはけ口になってあげられないから……」


 弱い人と言われて、妻黒くんの顔が憤然としたが、千歳に持ち上げられているので何もできていない。

 千歳が稲口さんに言った。


『そんな弱っちいやつ好きになるなよ、もっと強い男好きになったほうが幸せだぞ、和泉とか』


 俺はひっくり返りそうになった。


「なんで急に俺!? ていうか俺全然強くないよ!?」

『腕力はないけど、お前はいつだってすごく頼りになる』

「腕力ないから、こういう時千歳に頼るしかないんだよ」


 騒ぎで他の客がざわつき、店員さんが駆けつけてきたので、俺と高根さんは「個人的トラブルです! すぐ出ます!」「お会計します!」と慌てて言って、とりあえず全員で外に出た。

 妻黒くんは「離せ! 人をバカにしやがって!!」とずっと騒いでいるが、千歳の圧倒的怪力によってまったく動けていない。

 俺は対処法を考え、ふと思いついて高根さんに聞いた。


「ねえ、同窓会って国師先生来る?」


 高根さんはうなずいた。


「来てもらってる。うまくしたらもう近くかも?」


 国師先生とは、俺たちの担任で、体育教師で柔道をガチでやってる人だ。妻黒くんが俺を殴った時、ドチャクソ妻黒くんを説教して、その時は妻黒くんは流石に大人しくしていた。柔道界にかなり顔が利く人なので、もしかしたら。

 高根さんが千歳に声をかけた。


「千歳さんでしたっけ、しばらくそのまま取り押さえててくれません?」

『うん』


 妻黒くんの「ふざけるなよ!! このクソ女!!」をBGMに、高根さんが国師先生に電話をかける。


「あっ先生! 実は案の定の事態になりまして……はい、みなとみらい駅のそばです、取り押さえてくれてる人がいるので、はい、すぐ……あっ!」


 高根さんが顔を上げた先に、これもまたガッチリした体格のおじいさんがスマホに耳を当てながら手をあげていた。15年たってもわかる、国師先生だ!


「おお! 久しぶり! やっぱりこうなったか!」

「すみません、早く来て頂いちゃって」

「いい、いい」


 国師先生は持ち上げられてる妻黒くんを見上げ、ドスの効いた声で「事情は聞いてるぞ、ツラ貸せ」と急に怖い顔で言った。


「…………」


 え、妻黒くん黙ったぞ!?

 国師先生は千歳にはにこやかに「ここは俺がやりますんでね、いったん身柄渡してもらえますか」と言い、千歳は『はい』と、大人しくなった妻黒くんを地面に下ろした。え、妻黒くんの顔色が真っ青だが!?

 国師先生はぐっと妻黒くんの腕を掴み、俺達に言った。


「俺ぁ警察にもコネがあるし、こいつのことは任せておけ。お前らは同窓会楽しんでこい」


 ……国師先生が昔、冗談交じりに「警察とヤクザと体育教師は紙一重だぞ」と言ってたのを思い出す。えっ、あれ、もしかしてあんまり冗談じゃなかった?

 国師先生は妻黒くんを連れ去って行き、俺は驚き覚めやらぬまま高根さんに聞いた。


「高根さん、もしかして、このために国師先生にも来てくれって言ってた?」

「うん、やっぱり万が一の時止められる要員ほしくて……その前に千歳さんが止めてくれたけど」


 本当に、千歳がいなきゃえらいことになってた。俺は千歳に言った。


「ありがとうね、千歳」

『ワシがぶっ飛ばしても良かったんだぞ』

「暴力なしで済むなら、それが一番だからさ」

『まあ、お前はそういう奴だよな』


 同窓会会場開場までまだ時間があるので、改めて別の喫茶店に入り直す。そして、高根さんは稲口さんに「和泉くんは、どう?」と聞いたが、帰ってきたのは予想外の返事だった。


「でも、和泉くん彼女いるでしょ?」


 へ? どの辺でそう判断したの!?


「いや、いないけど……でも片想いしてる人はいる、くらいの状態で……」


 ここは嘘つけないので、俺は正直に言ってしまったが、稲口さんの驚きポイントは別だったようだ。


「えっ本当にいないの!? だって世話してくれる人がいる外見じゃない!? すごくしっかりしてるし!」

「いやその……確かに同居人に家事は頼りまくりだけど、自分の身繕いくらい自分でするよ」


 確かに服は去年咲さんに選んでもらったやつだが……でも顔も髪型も自分でやってるしなあ

 千歳が俺を指さした。


『別にこいつ家事できないわけじゃないぞ、一通りのことはできる』


 フォローしたかったらしいが、稲口さんは「えっでも、片思いの人はいるんだ」とそっちに引っかかっているようだった。そこは嘘をつけない


「う、うん……」


 俺が正直に頷くと、高根さんがため息をついた。


「うーん、やっぱりうまく行かないかー」


 俺は高嶺さんに謝った。


「ごめん、ここは嘘つくと予後がよくないから……」

「ううん、私も無理言った。普通に同窓会楽しんでよ」


 高根さんが笑ってくれるので、俺はかなりホッとした。

 高校時代の思い出話で時間を潰し、いい頃合いになって俺たちは会場に向かった。

 高根さんは笑って稲口さんを励ました。


「今度は絶対いい男見つけてよ、マチアプよりは成功率いいでしょ!」

「うん……」


 俺は稲口さんに謝った。


「ごめん、高根さん的には俺を稲口さんに紹介したかったみたいなんだけど、俺はちょっと片思いをこじらせてて……こんな歳で恥ずかしいけど……」

「どんな人なの? 相手」

「そ、それを言うと相手に迷惑がかかるので……」


 この場に千歳がいる以上、全力で濁させてもらう。

 千歳がぶーたれた。


『ワシにもなんも教えてくれないんだ、こいつ』


 稲口さんは首を傾げた。


「ふーん……大変なんだね」


 俺はなんとか失点を取り返したくて言った。


「その、稲口さんは今度はもっといい男見つけなよ、少なくとも殴ってこない人を」

「……まあ、その方がいいんだよね、多分……」


 稲口さんのため息混じりの言葉に、高根さんの目がきらめいた。


「その方がいいの! 絶対いいの! ここじゃなくてもいいから大事にしてくれる男探して!」


 稲口さんはオロオロした。


「と、とりあえず、会場行こう、仕切るのさくちゃんでしょ」

「うん! 和泉くんも、楽しんでね!」


 千歳が俺に言った。


『ワシ、ホテルの近くで時間潰して飯食ってるからさ、終わったら落ち合おう』

「うん、ありがとう」

『楽しんでこいな!』


 千歳が笑って送り出してくれるので、そしてその笑顔に、高根さんの笑顔より嬉しさを感じたので、俺はやっぱり、千歳からは離れられないなと感じた。

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