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一応様子は聞いときたい

 日曜の昼下がり。俺は父親に「今電話いい?」とLINEして、「いい」と返事が来たので、電話した。


「もしもし」

「もしもし? どうした?」


 電話に出た父親の声はごく普通で、困ってはいなさそうだった。


「いや、どうもしないけど。父の日だから、一応そっちの様子聞こうと思って」

「あっ……ああ、そうか、父の日だったか……」


 父親の声はあまりに愕然としていた。俺は大学進学で家を出てから、自分から親と連絡を取らなかったし、俺は一人っ子だしで、父親が父の日を実感することは久しくなかったのだろう。

 俺は父親に聞いた。


「お母さん大人しくしてる?」

「相変わらず波羅蜜の館に通ってるが、そこで指図されるのがまともなことばっかりだからなんとかなってる。あの……上島ミツさんって本当に霊感あるのか?」

「あるけど」

「その……お母さん、「霊っていうのはこういうのだ、あんたが見てたそれはただの幻だ」みたいにやられたことがあったらしくて、それから上島ミツさんの言うことは聞くようになって……薬の注射も素直に受けるようになって、本当に助かってる」


 なるほど、上島ミツさんはそうやって母親に言うこと聞かせたのか……霊感ある人にしか出来ないことだな。

 俺は言った。


「俺はお母さんにはもう会いたくないけど、お母さんの方はなんか言ってる?」

「お母さんは……「本物だったなんて! 嘘つき!」って言ってたけど、上島ミツさんに「そもそも家を出てずっと会いに来ない時点であんたは息子に捨てられてるんだよ。それを温情で会いに来てくれたのに偽物扱いしたんだから、あっちから会いに来ることは二度とないと思いな」って言われて黙ってた」


 あまりにも正論である。


「黙ったままでいてほしいよ。暮らしはどう? またゴミ屋敷になってない?」

「ゴミは出せてる、掃除もなんとかしてる。でも食事が外で買うのばっかりになってて……」


 そりゃ、料理の腕は期待できないな、二人とも。


「スーパーの惣菜とか?」

「あと、冷凍食品を買い込んでる」

「うーん、それなら冷凍宅食とか頼んでもいいんじゃない?」


 おっくんが冷凍宅食で夕飯を賄っていると聞いたことがあるので、俺はそう言った。外で買ったものばかりだと栄養が心配だし、それで父親に倒れられても困るし。


「たくしょく?」

「宅配してくれる、冷凍のお弁当みたいなの。解凍するだけでおかず三品そろう。栄養バランス的には、そっちのほうがいいんじゃないかな?」

「検索すれば出てくるか?」

「いっぱいある、有名なのはNoshかな? でも値段もメニューもいろいろあるから、そっちの生活に合うの選んで」

「とりあえず、ナッシュで調べてみる」

「そこまでおいしくはないけど、ベーシックパンとかも栄養ではおすすめだから、調べてみて」

「わかった。その、お前の方はどうだ?」


 おお、俺の方にも関心が向くとは。と言っても、言って大丈夫なことしか話さないけどね。


「まあいろいろ忙しいけど、元気でやってるよ。あと、年内くらいかな、向かいの家に引っ越すから住所変わる。変わったら伝えるから」

「そうか、アパートの更新か?」

「いやその……千歳が家建ててくれたから、そこに引っ越し」

「建てた!?」

「言っただろ、千歳には【支払い能力】があるんだよ。でもそれに頼ろうとしないでよね」


 千歳は、俺の父親が俺に育てた恩を返せと言ってきた時、なら俺を育てた費用を自分が払うから縁を切れと迫ったことがある。その事を言っている。父親は経済的にはあまり恵まれていないだろうが、だからといって千歳のお金に頼ろうとするなら、俺は縁を切ってもいいと思ってる。

 父親は驚き覚めやらぬようだった。


「家……家!? えっ、2人で暮らすのか?」

「まあ、そうなる」

「そ、そうか……」

「将来的には俺が半額出して共同名義にしたいから、俺お金貯めなきゃいけないんだよ」


 父親には、できれば俺のお金も出したくないので、そう言って父親を牽制しておく。


「そ、そうか……いや、まあ、元気ならよかった。あ、そうだ」

「何?」

「前の家の郵便の転送頼んでるんだけど、お前に同窓会のお知らせが来てた、高校の」

「同窓会……うーん、別に行かないから捨てちゃっていいよ」


 高校時代。高根さんに恋したことはいい思い出だが、意中でない稲口さんに告白されたせいで柔道部の男子にぶん殴られた経験もセットなので、殴ってきた相手とはあんまり顔を合わせたくない。


「ならいいが」

「まともなもの食べて、体壊さないようにしてよ。責任取ってお母さんの面倒見てよね」


 父親が体壊して母親の面倒見られなくなったら、困るの俺だからな。


「うん……その」


 父親はそう言って、言い淀んだ。


「何?」

「……電話、ありがとうな」

「……まあ、お父さんとは、連絡くらいとるよ。今、他になんかある?」

「いや、大丈夫だ。小分けの漢方薬はそれなりに需要がある」


 今、父親は漢方薬小分け通販の自営業をしている。


「そう、じゃあがんばって」


 そんなこんなで、俺は父親との電話を終えた。

 テーブルの向かいで聞いてた千歳には、『大丈夫だったか?』と心配されてしまった。


「まあ何とか大丈夫そう、俺の母親も大人しくなってるってさ」

『そっか、よかった』


 千歳は文字通り胸を撫で下ろした。


『なんか、同窓会とか言ってなかったか?』

「ああ、高校のだね。別に行かないけど」

『えー、お前の初恋の人と再会していい感じになるとかしろよー』


 千歳のブーイングを、俺は苦笑してかわした。


「ならないならない、ていうか、高根さんみたいな素敵な人ならとっくに相手いるって」

『くそっ、遅かったか』


 そんなことを言っていたのだが、俺は別ルートから同窓会に誘われることになる。

 当の、高根桜さんから。

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