夜も楽しく過ごしたい
藤さんのマダミスは高校生の部活の中に幽霊の少女がひとり混じっているもので、その幽霊は自分が幽霊だとバレることなく犯人を見つけることが目的だった。そして、その幽霊キャラクターが割り当てられたのが狭山さんだった。どうも、狭山さん以外の参加者も、藤さんの知り合いばかりらしい。怨霊(男子大学生のすがた)(命名:千歳)は、狭山さんに難しいキャラクターが割り当てられて心配していた。
『狭山先生、うまくできるかなあ』
「まあ、失敗してもその過程を楽しむものだし」
ていうか狭山さん、女の子の演技がやけに上手いな。さすが女性レーベルで女性主人公の小説書いてるだけある。
『おっさんが、他の奴らのキャラのやり方も、地味にそいつらの書いてる小説の特徴が出てて面白いって』
「ああ、この人たちみんな作家さんなんだ」
『シナリオの進ませ方も全部のキャラの設定も知ってるから、腹の読み合いがものすごく面白いって』
「作者の特権だなあ」
話は進み、狭山さんのキャラは、部活仲間と丁々発止でやり取りしてなんとか犯人を見つけ出した。しかし、幽霊だということはバレた。シナリオが終わったあと、全員で各キャラクターの裏設定と目的を見せ合い、お互いのキャラクターの演技を褒めあった後、動画の最後にテロップが入った。
【白折玄先生のご冥福をお祈りいたします。先生の初シナリオのプレイ再現を先生に見てほしかったです。遊んでいてとても楽しかった】
ああ、やっぱり追悼の動画でもあったのか。
千歳は動画が気に入ったようだった。
『すっごく面白かった! おっさんの小説も読んでみたい!』
「帰ったら探してみなよ」
『あ、今おっさんが、読んでくれるのは嬉しいけど、小説は全然作風違うからがっかりしないでくれだって』
「確か、軍隊がドンパチやるのばっかりだよ。あ、銃がない世界での戦いもあるか」
『全然違うな……』
俺は自分のスマホの時刻を見た。あともう少しで、食事が来る時間だ。
「もうちょっとしたら夕飯だよ」
『あ、食堂かどっか行くのか?』
「いや、部屋に持ってきてもらうコースにしてある。他の人がいるところで食べるとコロナが心配だし。ゆっくり食べよう」
『すぐ来るか? 狭山先生に、動画面白かったって、ラインとか言うので言ってほしい』
「まだちょっとあるから、それくらい伝えとくよ。藤さんの感想も伝えとこうか?」
千歳は、どこかに耳を澄ますような表情になり、そして言った。
『楽しかった、ありがとうって伝えてくれれば十分だって』
「わかった」
俺は、千歳と一緒に動画を見たことと、二人の感想を狭山さんにLINEした。たぶん、藤さんの「楽しかった」には、いろいろなものが含まれていると思いながら。
送って一息ついた時に、部屋のドアが叩かれ、「お夕飯をお持ちしました」と声がした。
『お、飯だ! ここのはうまいんだって!』
「特上の頼んであるから、たぶんおいしいと思うよ」
並べられた料理は、海鮮にもほどがあった。近海の魚の刺し身盛り合わせ、伊勢海老の刺し身、アワビの踊り焼きバター乗せ、タラバガニ、サザエのつぼ焼き、近目鯛の煮付け、ホタテの姿焼き、カサゴの丸揚げ。デザートにプリンまでついてきた。これは海鮮じゃないんだな、いや、海鮮のデザートとか思いつかないけど。
千歳は大いにはしゃいだ。
『すごい! うまそう! ビールと日本酒持ってくる!』
俺は悩んだ。
「おいしそうだけど、これ俺全部食べきれないな……千歳、二品くらいあげるよ」
『え!? いいのか!?』
冷蔵庫からビールと日本酒を持ってきた千歳は飛び上がった。
「いいよ、千歳が好きなのでも、藤さんが食べたいのでも」
『えっと、ええと、どうしよう、迷うな……』
千歳は食卓を見渡したあと、言った。
『おっさんは、カサゴの揚げたの一匹だけ欲しいって。ワシは煮付け食いたい』
「じゃあ、はい。冷めないうちに食べな」
カサゴの丸揚げを一匹千歳の皿に乗せ、煮付けの皿を千歳の方に渡す。
『おっさんが、ありがとうだって!』
「どういたしましてって言っといて。じゃあ、いただきます」
『いただきます!』
熱いうちにとカサゴの丸揚げにかぶりつく。サクサクカリカリしていながら身がジューシーで、油っこさがポン酢でちょうどよく中和されてとてもよかった。これは藤さんがたくさん食べたがるわけだ。千歳も気に入ったようだった。
『これまるごと食べられるんだなあ! ビールにも日本酒にもすごく合うぞ』
「刺し身も全然生臭くなくておいしいよ、新鮮なんだな」
『すぐそこの海で取れたてなんだって!』
伊勢海老はぷりぷりで甘く、貝類もカニもとびきりの味だった。
「これ、バター乗せてあるの、マジで正解だな……」
『これが最高なんだって』
「普段絶対食べられないから、よく味わっとくよ」
アワビやホタテに醤油を垂らし、日本人に生まれたことを感謝しながら食べた。千歳はビールと日本酒にも感謝しているようだった。
『うまい飯と酒、めちゃくちゃいいな……。たまには酒も買おうかな……』
「破産しない程度にしな、お酒って高いの買うと天井知らずだからさ」
『わかってる、お前が稼げなかった時用にある程度取っとく』
「それはありがとう」
食べ尽くして、プリンまで食べきれなかったのでそれは千歳にあげて、食器を下げてもらって一息つく。腹具合が大変満足している。もう温泉も入っていて、何もしなくていいとなると開放感がすごい。
食後のお茶を入れてすすってみたものの、日中けっこう動いたのもあって、もうまぶたが重くなってきた。
藤さんの要望で、千歳はビールを飲んでビーノをつまみながらタブレットで動画を見ていたが、俺は言った。
「ごめん千歳、だいぶ眠いから、すごく早いけどもう寝る」
『もうか?』
「けっこう歩いた後、たくさん食べたからさ」
『あ、それもそうか、じゃあ寝ろ、すぐ寝ろ。明日大丈夫そうか?』
「まあ、寝れば大丈夫」
すでに敷いてある別室の布団に潜り込み、電気を消す。心地よい疲労というのも久しぶりだなと思いながら俺は目を閉じた。そこそこ歩いても、一晩寝れば大丈夫と思えるようになる辺り、俺体よくなってるな……まあ、普通の人なら夜はこれから、みたいなもんだけど。でも今は、前より体力ついたことを喜ぼう。




