忘れてたけど祝いたい
いろいろあるが、食べて寝て仕事しては普通にやらなければならない。朝ごはんを食べながら、千歳とお互い今日の予定を確認している時、千歳が言った。
『午後ケーキ買ってくるな、どんなケーキ食べたい?』
その言葉に、俺は今日が何の日だったか気づいた。
「あ、そういや今日、俺誕生日だ!」
『自分の誕生日忘れるな! 何か食べたいものあったら作るぞ』
「うーん、鶏のゆず照り焼きか、揚げない唐揚げ」
『よし。あとは、サラダとパスタでも作るか』
「ありがとう」
スマホを見たら、おっくんにも狭山さんにもおたおめをもらっていて、俺は自分の誕生日すら忘れていた自分を恥じた。祝ってくれる人たちがいて、本当にありがたいな……。
そういうわけで夜。メニューは、エビとブロッコリーのサラダ、ツナトマトパスタ、鶏のゆず照り焼き、レモンのチーズスフレケーキ。
「わーい、ごちそう」
『お前も31歳か』
いただきますをした後、千歳はパスタを頬張り、なぜかため息をついた。
『去年の今日、お前ももう30だし、絶対1年でお前といい女くっつけてやろうと思ってたのに、何の成果もなかった……』
「そ、それは大変申し訳ない……」
俺は縮こまった。
「で、でも、この1年で、好きな人のこと好きって自覚できたし、それをささやかな進歩ということにさせていただけないでしょうか……?」
俺はブロッコリーを口に入れた。ほどよくマヨネーズがきいておいしい。
『好きな人を好きって自覚? どういうことだ?』
千歳は訝しげな顔で首を傾げた。
「いや、その、好きな人はずっといたんだよ、ただ俺が、その人を好きだって気持を自覚したのがここ1年という話」
『ややこしいな、お前』
「まあその、いろいろあって、好きにならないようにがんばってた節はあった。でもその努力は無駄だったなって」
『別に応援しないわけじゃないけど、脈ありそうな女がいたら即乗り換えるくらいの気概でいろよ』
「難しいことをおっしゃる」
ツナトマトパスタおいしいな。ゆず照り焼きもいつもの味でおいしい。
俺は、千歳と、すなわち俺の好きな人と、毎日食卓を囲めれば、それだけで人生満たされてるんだけどな。
夕飯の後、千歳が小さめの箱をくれた。
『一応、これプレゼントな』
「わ、ありがとう!」
何だろう?
『もっとお前を健康にしようと思って』
「何……あ、スマートウォッチ!」
出てきたのは、スリムなデザインのスマートウォッチだった。
『睡眠とか心拍とかストレスとか測れるやつ。他にも使えるみたいだけど、それは本人が設定しないとダメだって』
「助かる。ちゃんとした腕時計なかったから」
新卒の時、腕時計は一度用意したのだが、退職後まったく手入れしていないし、正確に時を刻む保証がまったくないんだよな。
そういう訳で俺はスマートウォッチユーザーになったのだったが、心拍数だのストレス値だのをネットに流すということは、俺のファンを名乗る謎人物に俺の心拍数だのストレス値だのを流すのと同義だと気づくのは、後の話になる。