考えてみればそれしかない
夕方に金谷さんがお寺に急行してきて、俺がちぎり取った術式を受け取りに来てくれた。術式はひとまず峰家に解析に回し、術式の一部もコピーして筆跡を調べるとのこと。
金谷さんは本当に申し訳なさそうに俺たちに頭を下げた。
「お休み中に申し訳ありません」
『全然。今日のこと、週報と日報に書いとけばいいか?』
「まず日報お願いします、和泉さんにも見ていただけますと助かります」
「わかりました」
忙しい土曜日だったが、それ以降は特にトラブルなく、日曜はのんびり過ごして平日は仕事に集中させてもらった。千歳はお米をたくさん食べて力を蓄え、日報と週報を書いていた。仕事の合間に、俺は化け狸ちゃん達にネットの使い方講習をして、それなりの成果を得た。
そして1週間。土曜の朝に、俺と千歳は深山さんの家から帰ることにした。
深山さんは少し残念そうだ。
「もっといてもよろしかったのよ?」
「いすぎると甘え過ぎちゃいますから」
『そろそろ家にも戻りたいしさ』
寺への扉をくぐり、九さんにも協力を得て、俺達は家に帰った。
『やれやれ、久々の我が家だ』
「一週間いないと空気がこもるねえ」
窓を開けたり、荷物をほどいて整理したりを済ませたあたりで、金谷さんから俺と千歳に連絡が来た。
俺がちぎり取った術式は、霊力を高めるものと、式神を操作する術式の改良版だったとのこと。和束ハルほどの術式ではないものの、相当高度なので、書ける人はそんなにいないそうだ。
術式の筆跡も見せて回って調べを進めているが、まだ個人特定には至っていないらしい。
「俺たちは待つしかないかなあ」
『あんまり襲われたくないけどな』
そんなことを話しながら、千歳が用意してくれたお昼を食べて、のんびりしていたらピンポンが鳴った。応対すると、藤さんだった。
「お疲れ様、こないだは大捕物だったみたいだね」
『逃がしちゃったけど……』
千歳は失敗したと思ってるようだ。
「こっちでも浄玻璃の鏡で確認してね。あの霊は、やっぱり探してる魂の一体だったよ」
俺は思わず「ああ、やっぱり」と言ってしまった。藤さんは言葉を続けた。
「異界にまず現れたってことは、本拠地も異界で、そこに結界張ってるんだろうってなってる。和泉さんたちを狙った可能性は否定しないけど、まず異界で動こうとしたら、たまたま化け狸の土地に出ちゃった可能性のほうが高いだろうって」
「なるほど」
「それで、赤ちゃんの霊だったんだよね」
『うん』
千歳が頷くと、藤さんは何か、つらそうな顔になった。
「赤ちゃんじゃ自分で判断して動くとかできないから、赤ちゃんの霊の霊力だけ使って、操作してた人間が裏にいただろうってなってる」
「式神を操作するものの改良版の術式だった、と聞いています」
「うん、だから、その……あの霊は、霊力の利用のためだけに、生まれてすぐ殺されて霊にされた可能性も出てきてる」
藤さんの言葉に、俺は息を呑んだ。千歳も『マジか……』とつぶやいた。
言葉が出ない俺に、藤さんはつらそうな顔のまま言った。
「上島ミツさんのタレコミも聞いてる、彼女が最初に確認した朝霧春太郎さんの子供、今は生きてないんだよね、だから……霊力目当てに生まれてすぐ殺して霊にしてる可能性、普通にあるかもって……」
「う、嘘でしょう……?」
あの霊、本当に新生児だったぞ……?
しかし、現在分かっている情報からすれば、確かに藤さんの言う結論も導き出せるのだ。あまりにもあまりの結論だから、俺が思いもつかなかっただけで。
千歳は、俺ほどショックを受けてないようだった。
『いや、やる奴はいるよ』
「ええ!?」
俺はひっくり返った声を出してしまった。
『昔の口減らしとか、江戸時代のワシの扱いとか、上島紗絵の扱い考えろよ。あれができるならもっとひどいことできる奴いるぞ、普通に』
「そ、そんな……」
藤さんがふーっと大きく息をついた。
「まあ、そういう時代は普通にあったけど、今は令和なんでね」
『まあ、そうだな』
「怨霊くん。前渡した小箱あるだろ、探してる魂を捕まえたら、あれにいれるの徹底して。そしたら今回みたいに逃げられたりしないから」
『うん、わかった』
千歳は頷いたが、俺は背筋が冷えたままだった。
……世の中にはとんでもないことを考える人がいる。そして、俺たちはとんでもない事を考える相手と対峙している……。
……気を引き締めよう。それくらいしか、できないけど。




