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推しの作家と話したい

大船駅で金谷さんと落ち合ったが、そこにはなぜか狭山さんもいた。

「お、おはようございます金谷さん、狭山さん。もう一人来るって狭山さんだったんですね」

『おはようございます狭山先生、続きの本出るのまだか?』

狭山さんは、何故かかなり切迫した顔だった。金谷さんは彼を心配そうに見ていた。

「おはようございます、あの、今、千歳さんの中に白折先生いるんですよね!? 感覚共有してるし、僕の言うこと聞こえてますよね!?」

『聞こえてるぞ、頭打ったあと変なもの見えるようになったって騒いでたけど、大丈夫だったのかって言ってる』

怨霊(男子大学生のすがた)(命名:千歳)が答えると、狭山さんは両手で顔を覆った。

「いや、僕はまあ大丈夫になったんですけど、白折先生、これはないでしょう、完結とか言ってたけど第二部だって普通にありそうな終わりだったじゃないですか、次期作プロットだってたくさんあったし、外伝だって二作出るって前々から言ってたのに、全部なしなんて」

『あれはあれで終わりで、プロットは編集が全部持ってったから任せる、だって』

「一応動いてはいるみたいですが、一年経っても何も進んでませんよ!」

『……うーん、ええと……伝言役めんどくさいから、半分出すぞ?』

千歳がそう言うと、千歳の上半身の上から、藤さんの上半身が透けて飛び出た。藤さんが言った。

「プロット、編集に言えばコピーもらえるだろうから、お前書いてもいいぞ?」

「僕が下手の横好きだって知ってるじゃないですか!! ミリタリも架空戦記も捨てて、やっとまともなもの書けるようになったのに!!」

「外伝ならお前が多分行けるって、任せた」

「そんなあ……白折先生のが読みたかったんですよ僕は……」

狭山さんはうなだれた。多分、彼は藤さんと話したかったので来たんだと思う。葬儀に出れなかったことを残念がるって、相当のファンだろうしな……。

金谷さんがとりなすように言った。

「おはようございます和泉様、狭山さんは、見た霊の状態を詳細に把握できる能力の持ち主なので、今の状態の千歳さんを常にチェックして、何かあったらすぐ知らせてもらう要員として来てもらいました」

「ああ、なるほど」

でも絶対個人的な理由大だよな、今のを見る限り。

千歳は首を傾げた。

『別にくっついて溶けたわけじゃないし、今みたいにいつでも離れられるぞ?』

藤さんも言った。

「この怨霊くんの中、幸せにまったりしてて全然変な感じはないぞ?」

「……私も多分大丈夫とは思うのですが、そう思わない人の方がたくさんいるので。あ、念の為のお守りですが、念の為に肌身放さないでくださいね、入浴のときもそれをつけてお願いします」

『ふーん、わかった』

千歳は素直にうなずいた。俺もうなずいた。

「じゃ、東海道線乗ろう、千歳」

『一時間あるんだろ、乗ってる間暇だな』

「私どもは少し離れて座りますので、私どもの存在は気にしないでください」

「はあ、すみません」

まあ、コロナ禍の今、同居してる人間でないなら距離を取ったほうがいいよな。狭山さん、藤さんにつれなくされてしょんぼりしてるけど。

金谷さんと狭山さんからかなり距離を取って電車に座って、俺は、千歳からはみ出たままの藤さんにそっと聞いた。

「狭山さんと、もっと話さなくてよかったんですか? なんか、あっちはもっと話したそうでしたけど……」

藤さんは、寂しそうに苦笑した。

「話したかったやつと話したり、書きたかったことを言い残してたりしたら、もうきりがない。俺は、代表作の完結ご褒美の温泉旅行行ければ、もうそれでいいことにしたんだ」

……藤さんの筆名、白折玄をあれから少し調べたが、知られているところには知られている人気作家だった。SNSにもずいぶんフォロワーがいた。四十過ぎ、働き盛り、才能があるなら、これから書きたいことも、まだたくさんあったのだろう。

「……まあ、楽しんでください。頑張るのは主に千歳ですが」

『頑張るって言っても、温泉入って飯食うだけだけどな』

藤さんは笑った。

「酒も飲んでほしいね、特に風呂上がりのビール。あ、そろそろ戻ってもいい? 怨霊くん」

『戻って大丈夫にしてあるぞ、体の表面ギュッとして入れ』

「うん」

藤さんは再び千歳の中に吸い込まれた。俺のポケットに入っていたスマホが震えた。

「何だ? 仕事関係はこの土日無理ですって言って……あ、狭山さんだ」

LINEを開くと、「夜に時間があったら、千歳さんを通してこの動画を見てもらえませんか? 一時間半ありますが、白折先生に見てほしいんです。あと、白折先生に伝えたいので、まだ他に絶対漏らしちゃいけないことだけど言いますが、僕の小説アニメ化決定しました。本当にここだけの話なので、絶対よそに漏らさないでください。和泉さんも千歳さんも」とあった。

『え、あの小説アニメになるのか!?』

狭山さんからのLINEを見せると、千歳は飛び上がるほど驚いた。

「千歳、あんまり声に出さない。大きいプロジェクトっていうのは、いろんな人が関わってるから、解禁日前に漏れたってわかると狭山さんが怒られる」

『そ、そうか』

千歳は自分の口を押さえた。

『でも、おっさんも喜んでるぞ、あいつがついにここまで来たか、って』

「狭山さんにLINEしとくよ。あ、あと、夜見てほしいって動画、見る時間、十分あるよね?」

『おう、ワシ、酒飲んでも酔わないし、たらふく食って飲んでも、見るのはできるぞ』

「じゃあそれも伝えとくね」

俺は狭山さんにLINEし、千歳は次々変わる車窓の風景を見ていた。

千歳となんでもない話をしたり、千歳を通して藤さんの話(狭山さんはミリタリ小説や歴史小説が大好きで十代の頃からネットに上げていたが、その方面に全く向いていなくて、別の題材を書けと藤さんが言ったら初めてモノになったとか、確定申告のコツを後輩作家に教えまくるのが崇められるコツだとか、確定申告はクソだがインボイスはさらにクソだとか)を聞いていたら、意外とすぐの体感時間で湯河原駅についた。

お昼には少し早い時間だったが、混んでいないうちにということで、湯河原駅前にある、藤さんご指定の、本わさびでそばを食べさせる店に入った。席についたら、千歳は迷いなく『おっさん、これがいいって』とメニューの最高値の最高級天そばを指さした。俺は、この旅行で足が出た分は絶対に金谷さんに言って出してもらおう、と固く決意した。

怨霊的には、この旅行は『温泉入れるしうまいもの食べられるし、祟ってるやつにも一晩湯治させられるし、ちょうどいいな』くらいのもの

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