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特定そんなにむずくない

 GWも終わりかけ。のんびり過ごしていたら、ピンポンが鳴って深山さんが訪ねてきた。千歳が俺の名前を呼べるよう解呪してくれた女性の化け狸さんで、相変わらずプロポーションがすごい。


「どう、息災でして?」


 深山さんはお茶菓子を持ってきてくれたので、千歳がお茶を入れてくれた。


「閻魔大王様から頼み事をされてしまいましたが、特に襲われるようなこともなく……」


 ただ、金谷さんから連絡があり、上島家の術で朝霧春太郎氏の子供の実在は確認されたそうだ。なので、やはり朝霧春太郎氏の精子を使って生まれた子供が10人いるのではないか、となっている。


『大きなこと、上島ミツさんに会ったことくらいだよなあ』


 千歳も頷いた。深山さんはそのことを了解しているようだ。


「大体は峰水香さんから聞いてますわ、情報は少しずつ集まっているけれど、大きな動きはないようですわね」

「そうですね」

「ところで」


 深山さんはお茶のコップを置き、話を切り出した。


「九から話があったでしょう、しばらくうちに逗留しませんこと?」

「そんなにお世話になっていいんでしょうか?」

「あなたが九の家でやってくれたことをやってくれれば、お釣りが来ますわ」

「ネット教育のことです?」


 たしかに、子狐ちゃんたちにネットの使い方の基礎を教えたが。


「そうですわ。まあ、うちも伝手がないわけじゃないんですけれど、その子はうちを卒業した弟子たちの面倒を見るので忙しくて」


 千歳が俺を指さした。


『でも、こいつがそういうことするなら、ネット回線と電気いるぞ?』

「どちらも引きましたわ。何でしたかね、伝手の子が言うには、使い放題、上り下り50……えむびーぴーえす、ならよほどのことがない限り問題ないと言っていて」


 はっや!


「それなら、全く問題はないですが」

「では、近い内にうちに来てもらうということでよろしくて?」


 うん、普通に仕事できる環境だな。


「お言葉に甘えて、お伺いします。お弟子さんには、スマホとパソコン、どっちを重点的に教えたほうがいいでしょう?」

「すまほですわね。まー、ティックトックとかいうのやショートとかいうのを見るのに夢中で……自分でやりたがってる子もいますのよ」

「うーん、個人情報を晒す危険性を重点的に伝えたほうがよさそうですね……」


 顔出してる人たくさんいる界隈だが、顔出すだけで怖いんだぞ、本来。

 千歳が俺に話しかけた。


『お前、名前だけで人のSNS全部探せるし、目の前でそれやったらどうだ?』

「あれは、たまたまそれが通用する世代だっただけでね。動画系SNSだと同じ手は通用しないから」


 深山さんが不思議そうに首を傾げた。


「え、どういうことですの?」

『こいつ、和束ハルの名前だけで、和束ハルが秘密の名前で使ってたネットを全部見つけたことあるんだ』

「名前だけで!?」


 俺は慌てた。俺はなんだってできるわけじゃないのだ。


「いや、単に運が良かっただけですから。誰に対してもできるわけじゃないです」


 深山さんはため息をついた。


「……うちのおバカたちはこっそりやってそうですのよねえ、えすえぬえすとか言うのの」

「どのSNSか、心当たりあります?」

「いんすたぐらむとか言うのをやりたがってましたわ」


 インスタか……画像だな。

 俺は深山さんに聞いてみた。


「……そうですね。その子たちが写真に撮って自慢しそうなもので、その子たち以外は写真撮れなさそうなもの、何かありませんか?」


 すなわち、映えるやつだ。

 深山さんは首を傾げた。


「そうですわね……うちの花畑かしら」

「いつもあるものですか?」

「いつもありますわね、一箇所だけ季節をいじっているので、季節問わずいろんな花が咲きますの……手入れが好きな弟子がいて、家から見下ろしたところがきれいですのよ、ほら」


 深山さんは、バッグを探り、なんとスマホを出してきた。そして見せてくれた写真には、桜とコスモスとアヤメとひまわりが同時に咲いていた。


「えっ、画像あるんです!?」


 俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


「え、わたくし何かよくないことしたかしら?」

「逆です、最高です。その花畑の写真、ありったけいただけませんか?」

「え、ええと、どうやればいいのかしら」


 深山さんは少し困惑している。


「メールかLINE使えます?」

「あどれすとやらの入れ方がよくわかりませんのよ……任せてよろしくて?」

「任されました」


 俺は深山さんのスマホを受け取り、自分のメールアドレスを入れて花畑の画像をありったけ自分のスマホに送った。深山さんにスマホを返し、俺は自分のスマホを操作する。


「この花畑、かなり変わってて、見映えがするので、いかにもインスタやってる子がネットにあげそうなんですよ。ストーリーでしかあげてないならともかく、普通にあげてれば画像検索で類似の画像がでてくるかも」

「そんなのがありますの?」

「とりあえずこの画像で、まずGoogleImageで……あった」


 一発で出た、最近のInstagramの投稿だ。咲き乱れる桜の下、キリッと青紫に開くアヤメ、風にそよぐコスモス、太陽を追うヒマワリ。花以外の立地を見ても、間違いなく同じところだ。ユーザー名は……ジュンチャ(juncha)。


「同じユーザー名……Threadsのこれはとりあえず確定だな、TikTokとYouTubeも調べとこう、あとは旧TwitterとBlueskyも一応」

「え? え? これがうちの弟子のいんすたぐらむですの!?」


 深山さんは、俺のスマホを覗き込んで目を丸くしている。


「少なくとも、最近のこの花畑を写真に撮れる人ですね。深山さんのお家も異界なんでしょう? そんなに候補はいないはずでは?」

「……うちの弟子くらいですわね……」


 深山さんは額を抑えた。千歳が俺をつついた。


『お前、やっぱりできるじゃないか』

「運がよかっただけだよ」


 ジュンチャのInstagramの投稿をさらに調べてみたが、あとは雰囲気のいい古民家の日常という感じである。ていうかプロフィールで「山奥の半自給自足ぐらしです」と書いてある。


「これ、深山さんのお家でしょうか?」


 深山さんに古民家の投稿を見せると、深山さんは頭を抱えた。


「……うちですわ……」


 深山さんは頭を抱えたまま叫ぶ。


「ああもうどのバカかしら!? 本当にもう!!」


 そりゃそうなるよなあ。

 俺は深山さんを慰めるつもりで言った。


「まあ、ちょっとコツをつかんでる相手なら、一発でバレるからやめろ、と言うには十分ですね」

『いや、コツをつかみすぎだろお前』


 千歳から鋭いツッコミを受けた。


「こんなコツは知らないほうがいいんだよ」


 こんなにインターネットに浸かってないほうが、明らかにいい人生を送れるんだよ。

 俺は深山さんに声をかけた。


「ええと、深山さん、ちょっとお時間いただければ、他のSNSも調べますが」

「お願いしますわ……」


 さらに調べる。TikTokとYouTubeに同じユーザー名と似たプロフィールがあり、しかし投稿はなかった。旧TwitterとBlueskyには同じユーザー名なし。Threadsには、日々の修行と勉強マジカスクズゴミみたいなことが書いてあったので、「いくつかのSNSにいるみたいですが、投稿があるのはここだけですね」と深山さんに見せたら、深山さんの眉尻がものすごい勢いでつり上がった。


「誰のためを思ってやってると思ってるんです!!」

「まあ、この内容を本人の目の前で読み上げれば懲りるかと」

「弟子たちを集めてやりますわ……これ、わたくしのすまほでも見られるようにできませんこと?」

「Instagramのアプリ入ってます?」

「あぷりっていうのがよくわかりませんわ」

「んー、じゃあ、最近の投稿のスクショ……画像をメールで送りますね、それを使ってください」


 深山さんはまた大きくため息をついた。


「ありがとう……うん、今のことだけでうちに一月くらいいてくれて構いませんわよ、十分お釣りが来ますわ」

「さすがにそこまでは……」

『ワシらだって、ある程度囮やらなきゃいけないしなあ』


 千歳の言う通りなのである。


「1週間くらいお邪魔させていただければ、それで十分です。千歳はそれでも平気?」

『平気だ!』


 深山さんは、何とか気を取り直したように口を開いた。


「じゃあ、次の土日からおいでなさい。と言っても、九の家ほどすぐ行けるわけでもないんですけれど」

「遠くなんです?」

「一旦、うちが懇意にしてる寺を経由しないといけませんのよ。その寺に行くまでは九がやってくれるでしょうが」


 九さんがうちの玄関を寺の入り口につなげてくれて、寺の隠し扉を開くと深山さんの家がある異界、とのこと。

 それならすぐだな、と思ったが、うちから直接深山さんの異界に行けるわけではないことを、俺はあとで後悔することになる。

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