あえて普通に暮らしたい
これまでと今後の説明ということで、金谷さんと藤さんがうちに来た。
金谷さんが言った。
「緑さんがいろいろやりまして、上島家の術はまだ準備中なんですが、朝霧春太郎さんは精子提供の経験があると吐きました」
『マジか』
「そうでしたか……」
やっぱり、探す魂10体の父親は朝霧春太郎氏なんだろうな……。
金谷さんは言葉を続けた。
「20年近く前の話なので、本人も半分忘れてたそうです。人を介して提供を求められたとのことで、誰が精子を欲しがっていたか、誰が精子を使ったかは分からないとのことです。緑さんが言うには、多分本当のことを言ってるだろうと」
なるほど、緑さんと朝霧春太郎氏は一応夫婦だし、緑さんはそれくらい見抜けてもおかしくないな。
藤さんが口を開いた。
「で、俺も要件があって。君らには、なるべく普段通りに暮らしてもらって、たまには遠出なんかしてほしいんだ」
「そうなんですか?」
警戒して外に出るなって言われるかと思った。
千歳が首を傾げた。
『別に普通に暮らしてるけど、襲われないように気をつけなきゃいけないとかじゃないのか?』
藤さんは困るような顔をした。
「うーん、なんというか、悪いんだけど、相手が読みやすい行動をとってほしいんだよね。だからなるべく普段通りにして、たまに遠くに出たりもして……」
え、それ相手に襲われやすくするってことじゃん。
千歳も似たようなことを思ったらしい。眉根を寄せて言った。
『囮か? ワシら』
藤さんはすまなそうにした。
「そう言われると反論しようがない……ごめん」
そうか、でもまあ、相手に来てもらわないと話にならないのは確かだな……。
襲われるのは、はっきり言って嫌だ。でも、起きうる事態、すなわち、世界を恐ろしく作り変えられるを考えると、魂10体はどうしても探さなきゃいけないわけだからな……。
俺は、千歳を諭すように言った。
「でも、生活はしなきゃならないからね。防御はすごく固めて、普通に暮らして、たまにはどっか遊びに行こうか」
千歳はしおれた。
『あんま遊ぶって気分じゃないなあ……』
「そう言わないで、防御はきっちり固めるんだから」
金谷さんが言った。
「和泉さんは宇迦之御魂神様と閻魔大王様が守ってくださってますし、千歳さんの防御については、守り刀があれば大丈夫です。あと、こういうものも用意しました」
金谷さんは、バッグから和紙の小さな巻物を出した。
「和束ハルに作らせて、峰家と上島家にチェックさせた術式です。これは、千歳さんの霊力を一時的に激しく強化します」
『え、すご!』
「複合体で数体いっぺんにこられても対処できるようにですが、むやみには使わないでください。使ったあと、反動で何日か寝込む可能性があります」
え、何日も!?
俺は金谷さんに聞いた。
「よっぽどの時用の術式ですか」
「そうですね」
『よっぽどの時……』
千歳は渋面である。
『なんか、これ使って寝込んだ時に残りに襲われたらヤだなあ』
金谷さんが頷く。
「まさにそうなので、私たちもできる限り対処できるように準備しているところです。その術式を使った場合は、すぐ私たちに連絡をください」
藤さんも言った。
「俺達も対処は考えてるしね。もし複合体でいっぺんに来られたら、その術式を使うことはためらわないで」
俺は千歳に話しかけた。
「千歳がそれ使ったときは、動けなくなっちゃうだろうから俺が連絡役するよ」
『頼んだぞ?』
「頼まれた」
俺は千歳の背中をぽんぽんして、それから優しく言った。
「じゃあ、今日からも普通に暮らそうか。俺も千歳も、普段のやることたくさんあるしね」
俺は仕事、千歳は家事。これから建てる家の打ち合わせもあるし。やりたいか否かに関わらず、生活はこなさなきゃいけないのだ。




