番外編 金谷千歳の遭遇
緑さんにショックなことを伝えちゃったけど、上島家に術を頼むのも、緑さんの旦那を締め上げるのも、ワシじゃなくて緑さんがしたほうがいい。ワシが緑さんに、何かしてあげられるわけじゃない……。
こないだ和泉に、毎日のやることはちゃんとやらないといけないよな、って言ったことを思い出した。前に和泉に、離れたところで災害があったときは、落ち着いてなるべく普通の暮らしをするのが大事、って言われたこともある。
うーん、落ち込んでても仕方ないんだよなあ。気晴らしに、コンビニにおやつでも買いに行くか!
そんな訳で、昼下がりに近所のコンビニでスイーツを物色していたら、耳が聞き覚えのある声を拾った。
「すごいよ! ここまで歩けると思わなかった!」
「でもうち、今日はこの辺にしとくわ……」
「うん、慣れだねえ」
声のした方を見ると、高千穂先生と、高千穂先生の腕にすがって歩く和束ハルがいた。
嘘だろ!? なんで和束ハルがいるんだ!? ワシちゃんと霊力込めて封印したのに!!
ワシは思わず二人に駆け寄った。
『何!? 何でいるんだ!?』
「怨霊!?」
和束ハルは驚き、高千穂先生も目を丸くした。ワシは騒いだ。
『どうやって封印から逃げたんだお前!?』
高千穗先生が慌てて言う。
「逃げてません千歳さん、これ遠隔操作なんです! 人形なんです!」
『え? え?』
どういうこと?
和束ハルが高千穗先生の腕をぎゅっと握って言った。
「逃げとらんって! うちの本体はずっとあの祠! そこから人形を遠隔操作しとるの!」
『な、何の術式使ったんだよ……』
遠くから物を動かす術式自体はある、式神とかに使うし。でも、こんなに人間みたいに動かせるのか!?
和束ハルは胸を張った。
「うちに作れん術式があると思う?」
『怖……』
ワシがドン引きすると、高千穗先生がとりなすように言った。
「変なことに使わないですから。ただ、ハルちゃんと外出気分味わうのに使うだけです」
「人形、顔ちゃんとうちのにしてもろて、本物よりちょっとナイスバディにしてもらったんやで、ええやろ」
和束ハルはドヤ顔をした。
『よくそんな人形あったな……』
高千穗先生は頭を下げた。
「そういうわけで、本当に変なことしませんし、ハルちゃんもまだ慣れてないから遠出できませんし」
『う、うん……』
「今日、とりあえず外を歩く訓練だったので、ここらでお暇します、驚かせて申し訳ない」
『うん、じゃあ……』
そういうわけで、困ったことはなかったんだけど、ワシはすごくびっくりした。
家に帰って、あったことを和泉に話したら、和泉もびっくりしてた。
「そんなことできるのか……」
『よくそんな人形あったよな』
「うーん、マネキンじゃないよねえ、歩くなら関節動かなきゃいけないし」
『すごく精巧にできてたぞ、なんか乳でかくなってたし』
「そういうこと言わないの……ん?」
和泉は首をかしげ、何かに気づいたような顔をした。
「……もしかして……あれなら関節も顔も……それ以外も……」
『ん? なんか心当たりあるのか?』
聞いてみると、和泉はなぜかもじもじしだした。
「え、えっとその、言いづらいな……」
『教えろよ、いじわる!』
「い、いじわるしてるつもりじゃなくて! でも言いづらくて!」
『なんだよー、教えろよー』
「え、えっと、あの、その……」
和泉は困り果てた顔をし、それから観念したように言った。
「えっと、その、千歳はラブドールって言ってわかるかな……?」
『ラブドール?』
かわいい人形のこと?
和泉は、やってしまったという顔をした。
「ご、ごめん、わかんないなら言わない」
『教えてくんないなら調べるぞ!』
ワシにはスマホがあるんだ!
「あっ……ああー……」
うめく和泉をほっといて、ワシはスマホでラブドールって検索してみた。そしたら、最初の方に【ダッチワイフ専門店】って出てきた。
『あっ、なるほど、ダッチワイフのことか……え、ダッチワイフ!?』
精巧、ナイスバディ、関節が動く……。
『えっえっ、ダッチワイフ動かしてんのか和束ハル!?』
確かにダッチワイフなら顔も関節もできてるだろうし、乳もでかいだろうけど!
和泉はあわあわしだした。
「い、いやその確定ってわけじゃないけど、前にさ、故人に似せたラブドールの注文受け付けるメーカーの話聞いたことあってさ……」
『うわ、それなら顔もそのまま作れるか……』
ものすごく納得したけど、ワシと和泉は微妙に気まずくて少し黙ってしまった。
しばらくして、和泉が半分ヤケクソみたいに言った。
「ま、まあその、だいたいの人にはある欲だしさ!」
『ま、まあ、あの二人たぶん恋仲だしそういうのも要るよな!』
そういう用途でも、服着せりゃ普通の女だしな! でもびっくりした!
しかし、遠隔操作とはいえ、和束ハルは外出られるようになるのか。そしたら、ワシ、和束ハルと外で協力して何かすることもあるのかなあ?




