さっそく温泉向かいたい
藤さんの弟さんが割と早めに根負けしたそうで、金谷神社にお祓いの相談が持ち込まれたと金谷さんから連絡があった。
「費用は十分払っていただいていまして、そこから和泉様たちが宿泊で使うお代は全て出せます。藤さんが指定していた宿について、和泉様が調べるとおっしゃっていましたが、おいくらでしょうか?」
「千歳と二人で、交通費入れても六万かそこらです。詳細な金額は、もう一度調べないとわかりませんが」
「では、余裕を持って七万円振り込みますので、あとは和泉様と千歳さんのご都合のよろしい日時で藤さんと合流して、温泉宿に申し込んでいただければと思います。日時が決まりましたらまたご連絡をいただければと思います。一応、千歳さんの様子を細かく見なければということになっているので、私も近くでお二人を拝見します。コロナ感染に気をつけて距離は取りますが」
「わかりました、千歳はいつでもいいみたいなので、俺が空くときを狙って予約して、またあの物件に行って、千歳と藤さんに合流してもらってから動きます」
「あと、念の為なのですが、千歳さんが藤さんと合流する今回、身につけておいていただきたいものがあります。大したものではないのですが、念の為のお守りみたいなものと思っていただければ。和泉様の分も合わせてすぐ送ります」
「わかりました」
藤さんが指定した温泉宿は湯河原の宿で、駅からかなり近い。箱根とか草津ではないのが意外だったが、海鮮も楽しみたいとなると、海が近いところがいいのかもしれない。
スケジュールを確認すると、今週の土日がちょうど空けられそうだ。湯河原に一泊二日、夕食と朝食付きとなると、土曜の朝イチに藤さんと千歳に合流してもらってから、大船まで出て東海道線で湯河原まで一直線、お昼をどこかで食べて、適当に散策してから宿入り、くらいがいいだろう。
「千歳、金谷さんから連絡あった。藤さんから費用先払いで温泉行けるよ。今週の土日、俺空くから、予約取れたらそれくらいに行かない?」
星野さんに渡すレシピをタブレットで漁っていた怨霊(黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)は顔を上げて嬉しそうにした。
『いいぞ! 星野さんにお土産買う時間取れるか?』
「多分取れるよ、土曜の朝イチに藤さんと合流できれば、湯河原でお昼食べても宿に入るまで時間あるし、駅前に土産物屋たくさんあるみたいだし」
『じゃあ、そこで買おう!』
だいたい決まりだ。コロナ禍のせいというかおかげというか、宿はすんなり予約が取れた。不動産屋とも連絡して、藤さんがいる新居候補物件にも土曜の朝に入る許可が取れた。金谷さんにも日時を伝え、大船で落ち合うことになった。
土曜の朝になり、千歳(女子大生のすがた)に首から下げるお守りを渡して、俺も同じものを身に着けて新居候補物件に行くと、藤さんはニコニコして俺たちを迎えた。
「いやーどうもありがとう、今日はよろしく」
「よろしくするの、主に千歳ですけどね」
『じゃ、体の表面ギュッとしてワシにくっつけ』
千歳が手を差し出すと、藤さんは困った顔をした。
「感覚共有するのは、男の格好になってからがいいな……」
『あ、そうだったか、これでいいか?』
千歳はボンと音を立ててヤーさんの格好になった。その姿を上から下までじっくり見て、藤さんは言った。
「もしかして、姿自由自在なの?」
『元になるやつがいたほうが楽に変われるけど、好きにできるぞ』
「……もっと、見た目が良くて若い男にできたりしない? 身長は俺くらいでいいから」
この人、見た目が良くて若い男の体で千歳と感覚共有したいのか? 欲望がだいぶ俗というか……いや、それくらいじゃなきゃ未練残して地縛霊にならないか……。
『注文が多いな……じゃこれでどうだ』
千歳は、再びボンと音を立てて、今度は、たまになる男子中学生の格好が、成長して男子大学生になったような格好になった。
「おお、いいな!」
藤さんは手を叩いて喜んだ。俺は別の観点から感想を述べた。
「まあ、これくらいの見た目なら、お酒飲んでもギリ咎められないね」
『それも考えなきゃいけなかったな、でもこれくらいなら、まあ行けるだろ?』
「まあ、ギリギリだな……もしお酒買うとかあったら、俺が身分証明出して買うよ」
「コンビニが近い宿だから、そこでビールと日本酒買い込んでくれよ。つまみもほしいな」
……金谷さん、余裕持ってお金振り込んでくれてありがとう。藤さんの欲望具合によっては、足が出るかもしれないけど。
「じゃ、藤さん、そろそろ千歳とくっついてほしいです」
『ほら、ワシの手を触れば、あとはワシがやるから』
千歳は藤さんに手を差し出した。藤さんは眉を寄せた。
「手を握る時だけ、女の子の姿になってもらったほうが良かったかも……」
『はよ来い』
藤さんは渋々といった体で千歳の手を握り、次の瞬間、藤さんは千歳に吸い込まれるようにして消えた。
『よし、これでいい。行こう』
「感覚共有できてるの? なんか変な感じとかしない?」
『その辺はうまく行ってるぞ。身長同じくらいにしてるから、違和感がなくてよかったって、今おっさんが言ってる』
「今の状態でも、藤さんと喋れるんだ?」
『うん、今回行く宿、前に行ったことあるし、案内できるって』
「そっか、じゃあ湯河原駅についたらいろいろ案内してもらおう。お土産とか、いいの教えてもらえたら千歳助かるだろ?」
『まかせろって。あと、昼飯は湯河原駅前の、本わさびでそばが食える店がいいって』
早速、注文が多い……。まあ、足が出たら金谷さんにまた相談しよう。
そういうわけで、俺たちはまず大船に向かい、金谷さんと落ち合って、金谷さんの連れに少しびっくりすることになった。
藤(筆名:白折玄)
ミリタリ小説、歴史小説、架空戦記で主に活躍する小説家
食道楽としても有名
生活習慣病が極まっていて、脳出血もしくは脳梗塞で自宅で倒れ死亡したが、遺体が相当傷んでからの発見だったので検視してもそれ以上のことは不明
狭山誉は彼の小説と彼の大ファンであり、小説家デビューしてからいろいろ世話になっている




