番外編 金谷千歳の動揺
『和泉! 和泉!!』
和泉が落ちた井戸を覗き込んだけど真っ暗で何も見えない。水面すら分からない。飛び込もうとしたけど緑さんに止められた。
「千歳ちゃん落ち着いて!」
『だって助けなきゃ!!』
和泉が溺れちゃう!
「これたぶん普通の井戸じゃないのよ! こんなのなかったでしょ!」
『あっ……』
じゃあ何!?
真っ先に思いついたのは、和束ハルだった。
『和束ハル!! お前、またやりやがったな!?』
ワシはコンテナハウスの寝室に怒鳴り込んだ。
「は!? 何!?」
和束ハルは目を剥き、ワシは大声で怒鳴った。
『和泉を井戸に落としただろ! 出せ!』
「何!? 知らん! うちちゃう!」
和束ハルは首を横にぶんぶん振った。
「和泉豊に何かする霊力があったら、高千穗さんを不老不死にするのに使うて!」
高千穗先生も驚いている。
「何があったんですか?」
『和泉が変な井戸に落ちた!』
「と、とりあえず見に行きましょうか」
高千穂先生は玄関まで行き、和束ハルも蛇の下半身を伸ばして玄関までついてきた。
和束ハルは井戸を見て、それから緑さんを見た。
「緑さん。これ、黄泉がえりの井戸と同じもんちゃう? 小野篁の……」
「確かにすごく霊力を感じるけど……」
『小野篁? 誰?』
高千穗先生がワシを落ち着かせるように言った。
「平安時代、生きたまま地獄と現世を行き来して、閻魔大王の裁判を手伝ってた人ですよ。行き来に使ってたのが井戸だったんです」
和束ハルが井戸を覗き込んだ。
「少なくとも、異界につながっとると思うけど」
緑さんも覗き込んだ。
「地獄に呼ばれたってこと?」
『そんな、和泉は地獄に落ちるようなことしてない!』
あんなに優しくていい奴が地獄に落ちるわけない!
緑さんがワシの背中をぽんぽんした。
「落ち着いて。生きたまま連れて行かれたわけだから、たぶんそう言うことじゃないのよ」
『じゃあ和泉生きてるのか!? 無事なのか!?』
高千穂先生が言った。
「小野篁に倣うなら、地獄と行き来できるってことですけど……」
緑さんは困った顔になった。
「でも妙な所に下手に突入すると、共倒れの危険も……」
『ワシ行く! 助ける!』
井戸に乗り込もうとすると、緑さんがワシの手を掴んだ。
「千歳ちゃんクタクタでしょ! 無理よ、応援呼ぶから!」
『がんばる!』
ワシは緑さんを振り切って、井戸に飛び込んだ。
おばけの姿になって、落ちるより早く飛んでいく。だけど、どこまで行っても暗い空間が続く。ワシは、『和泉!! 和泉!!』と叫んでただひたすら飛び続けた。
ずっと真っ暗で、なんにも見えなくて、ワシは和泉に何かあったんじゃないかと思うとそれだけで涙が出て、泣きながら叫んで。どれだけ叫んだか、と思った時、和泉の声がした。
「千歳!?」
『和泉!?』
遠くに明かりが見えて、すーっと近づいてきて、でっかい水桶に和泉と、風船みたいに太ったおっさんが乗っていた。
『和泉!!』
ワシは、涙でぐしょぐしょの顔のまま和泉に抱きついた。
『大丈夫か!? 怪我してないか!? どうしたんだ!?』
「だ、大丈夫、泣かないで!」
和泉が背中をなでてくれて、太ったおっさんがあわあわしていた。
「うっわ、そんなに心配かけちゃったか、ごめん怨霊くん!」
怨霊くん、という呼びかけに、ワシは覚えがあった。
『え、おっさん、藤さん!?』
藤さんは、ものすごくすまなそうにした。
「本当ごめん、閻魔大王様が君たちに頼みごとがあって、でもゴリゴリ神道の怨霊くんを地獄に招くの難しかったから和泉さんだけ呼んだんだよ、本当にごめん!」
『じゃ、じゃあ本当に地獄に繋がってたのか……』
和泉がワシの背中をぽんぽんした。
「心配かけてごめん、どこも怪我してないし大丈夫だから。とりあえず家に帰ろう、千歳は十分休んで。そしたら説明するから」
『う、うん……』
和泉が無事でホッとして、そしたらどっと疲れが出てきた。ワシ、家帰ったら速攻寝たいくらい疲れてたんだった。
『ワシ、もうダメ……』
ヘロヘロになったら、お化けの姿から勝手に朝霧の忌み子になっちゃった。和泉が背中を支えてくれた。
「ごめんね、本当ごめんね、寝てていいから。おんぶして運ぶよ」
『うん……』
和泉にもたれかかって、半分寝ていたら、地上に着いたらしかった。和泉がおんぶしてくれて、井戸から外に出たっぽいけど、そのときはワシはもう寝てた。




