閻魔の手伝い引き受けたい
濃い顔の巨大な男性、閻魔大王様は、耳ではなく脳に響く声で言った。
[よく来た。いきなり呼び立ててすまなかったな]
顔も声も怖いが、言葉の内容だけ見れば穏当だ。中身はそんなに怖くないのかな?
とりあえず、俺は返事した。
「初めまして、和泉豊と申します。ご用事と聞いて伺いました」
[頼まれてくれるか]
「私に可能なことであればお引き受けしますが、不可能なことでしたら、お引き受けしても完遂できませんので、無責任な返事はできません」
[ふむ]
閻魔大王様は顎に手を当て、改めて俺を眺め回した。
[しっかりしているな。浄玻璃鏡でも見ていたが]
「ひとまず、お話を伺わせていただければと」
浄玻璃鏡って、閻魔大王が裁く人の現世での姿を映す鏡だっけ。じゃあ俺の普段の生活とか見られてるのか。
閻魔大王様は、納得したように頷いた。
[それもそうだ。お前と金谷千歳に頼みたいのはな、強大な霊力を持つ魂10体を探すことだ]
「魂……」
心霊関係なら、千歳に直接頼んだほうがよくないか?
そう思ったが、閻魔大王様は先回りするように言った。
[お前と一緒にいる怨霊、金谷千歳の霊力であればあるいはと思うのだがな。本人を招くのは難しかったし、今の金谷千歳が暴れずに人助けをしているのは、お前が影に日向に支えているからだ。だから、まずお前に頼もうと思った]
「そうですか……」
しかし、探すって言ったって何をすればいいんだ?
俺が不思議そうな顔をしたからだろうか、閻魔大王様はまだ話し出した。
[詳しく話す。非常に強大な霊力を入れられる器、つまり赤子を孕んだ人間がいたからな、霊力が強い魂がその器に入りに行った。18年で立て続けに、10体]
「立て続けに……偶然続いたんですか?」
[偶然ではないかもしれない。器のそろい方からして、おそらく同じ女が10人立て続けに産んでいる]
「10人!?」
一人の女の人がそんなに産めるものなの!?
閻魔大王様は重々しく言った。
[たぶん父親も同じだ。現代ではなかなかないことだからな、無理やり生まされている可能性もある。困っているのは、生まれたはずの魂の行方が全くわからないことだ]
「普通はわかるんですか?」
[ある程度な。しかし、浄玻璃鏡に全く映らないのだ。最悪の場合、生きていない]
「生きてない……」
死んでるってこと? え、まだ子供だよな?
「亡くなってるってことでしょうか……でもそれならここに来ますよね?」
[仏教の家に生まれているならな。しかし、ここには来ていないし、他の宗教の神々に当たっても、それらしい魂は来ていないのだ]
「じゃあ、完全に行方不明なんです?」
[そうだ。それで、行方不明にするにはな、強力な結界の中に入れておくしかない。生死にかかわらず、生まれてからずっと]
「え……」
たぶん同じ親から生まれていて、生死もわからず、生きているとしてもずっと結界に閉じ込められている!? 子供が10人も!?
「お、同じ親なんですよね!? 10人も産んで閉じ込めるって、子供工場みたいなことになってません!?」
[吾輩もそれを懸念している。霊力の高い魂ばかりだからな、その霊力を当てに、親が良からぬことを企んでいるかもしれない、とも]
「良からぬことって、和束ハルみたいな!?」
[霊力の強さからすれば、もっと恐ろしいこともできる。和束ハルは世界を壊そうとしただけだが、あの霊力の魂が10体もあれば、世界を恐ろしい形に作り変えることができるかもしれない]
話が壮大になってきたぞ!? 壊すだけより、作り変えるほうが労力がいるから、その分強いのはわかるが……。
「わ、私の手に余りそうなのですが」
思わず腰の引けた返事をしてしまったが、閻魔大王様は言った。
[魂一つ一つなら、金谷千歳が対抗できる。良からぬことをしているなら、一度世界を救った金谷千歳を潰しに来ようとするはずだ。もちろん、金谷千歳を影に日向に支えているお前のことも]
「…………」
そうか、あっちから来るのか……俺と千歳は、立ち向かわなければならない、と……。俺と千歳のところに来そうだから、閻魔大王様は先手を打って俺たちに頼もうとしてるのか?
「……お引き受けしなければ、我々が倒されるかもしれないことは理解いたしました」
[そういうことだ、物わかりがいいな]
閻魔大王様は頷き、それから慰めるように言った。
[お前は、怨霊金谷千歳と宇迦之御魂神の特別な加護を受けている。金谷千歳は、言うまでもなく強い。お前たちならできると見込んで、頼んでいるのだ]
「私たちだけでなく、知り合いの各方面に助力を頼んでもよろしいでしょうか? 霊能関係には、いくらか知り合いがいるので」
[もちろんだ。こちらも情報が入り次第、使いをやって知らせる]
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
「教えていただかなければ、何も知らないままやられるところでした。教えてくださって、感謝いたします」
[頼んだのはこちらだ。もちろん礼もする。完遂したら、お前の等活地獄の刑を免除しよう]
「ありがとうございます」
俺はまた頭を下げた。等活地獄、さっき聞いた小地獄以外、どういうものかよくわからないけど。
藤さんが俺をつついた。
「よかったねえ、君今のところ等活地獄しか該当しないから、それさえ免除されたら全部免除だよ」
「あ、そうなんですか」
じゃあ、だいぶありがたいな。
閻魔大王様が言った。
[話は以上だ。金谷千歳が心配しているだろう、すぐ地上に戻ってやれ]
「ありがとうございます、あ、でも、千歳が嫌がったらどうしよう……」
今の話、千歳の了承も絶対必要だよな? 困っていると、閻魔大王様はまた言った。
[金谷千歳が今取り込み中というのは知っている。十分休んだ後に、返事を聞かせてくれ]
藤さんが笑った。
「そういう訳で、俺がお使いに行くよ。俺から他の人に説明したほうが話早いだろうし、一緒に地上に行こう」
「わかりました」
そういう訳で、俺は落ちてきた井戸から地上へ戻ることになった。




