俺だけ祟られ暮らしたい
「いきなりすみません。今後のことを考えて、今回の件と千歳さん周りに関して、いろいろお伝えしておきたいことがあります。千歳さんにはなるべく秘密にしてください」
いきなりこんなLINEが金谷さんから来て、俺は戸惑った。とりあえず俺は返信した。
「どんな話でしょうか」
「千歳さんについて、私どもの派閥は実績を求めています。千歳さんが、和泉様と一緒なら暴れないという実績です。今回の件は、その実績づくりに大いに役立つと思います」
「引っ越しがどう役に立つんですか?」
「今回の件で、千歳さんは、和泉様にかなり協力的な上、和泉様の言葉を聞いて、穏健な手段で除霊することを選んだ実績を積んでいます」
「それは、そうかもしれませんが」
「私どもとしては、このまま、和泉様の要望を汲んだ千歳さんが穏健な手段で除霊したという実績を積んでほしいのです。それは、千歳さんを攻撃したい人間を説得する材料にもなります」
……千歳がものすごく強い霊らしいということは俺も知っているが、なんでそこまで千歳を攻撃したい派閥があるのか。千歳、そんなに危険か?
異様に怪力ではあるし、除霊グッズがまるで効かないし、ポンポン姿を変えるけど、怒りっぽいわけでは全然なく、むしろ素直で人懐っこいと言える性格だと思うんだけど。
「千歳、かなり恐れられてますが、でもそこまで怖がらなくてもいいんじゃないでしょうか? だって千歳、進んで人を傷つけたことありませんし」
すぐに既読がついたが、返信が来るまでかなりかかった。どうした?
やっと来たLINEには、俺を動揺させるには十分なことが書いてあった。
「千歳さんは、祠に封じる前に、複数の人間に危害を加えた記録が残っています。その後、多くの強力な霊と融合しているので、その力は更に強まっています」
信じられなくて、俺は思わずこんな返信をした。
「確かな記録なんですか? 下手すると江戸時代ですよね?」
「江戸の記録ですが、複数の記録で一致する内容が書かれています。勘違いや捏造は考えにくいです」
追加で返信が来た。
「なので、私どもも、千歳さんに直接会う人の人選にはかなり気を使っています。千歳さんのことがあまり判明していなかった時、私がご無礼を働きましたが、その時千歳さんが特に暴れなかったということで、その後も千歳さんとの接触はなるべく私が担当、ということになっています。本来は、立場的にも能力的にも、私の上司に当たる人が担当するべきなのですが」
金谷さん、上司いたのか。まああの年で単独で働いてる方が考えにくい。いや、それより千歳のことだ。
「千歳は、そんな、誰かに進んで危害を加える人には見えませんよ」
「和泉様や星野様が、数少ない例外である可能性を懸念しています。私どもの陣営も、私どもでない陣営も」
俺や星野さんは例外? そりゃ俺は千歳が祟りたい相手だからかもしれないけど、でも星野さんとは普通に仲良くなったわけだし……。
追加で返信が来た。
「また新型コロナの患者数が爆発的に増えていますが、千歳さんが温泉宿に泊まるときは和泉様にも同行していただきたいです。移動のときには、万が一のために、私と、もう一人か二人つくと思います」
千歳は多分タンパク質でできてない。だから、俺が同行してもコロナリスクは一人旅以上のものにはならないと思うが、そうか……今の感染状況でのリスクを押し切っても千歳を抑えられる(かもしれない)俺がほしいほど、千歳に見積もられてるリスクは高いとも取れるな……。
俺は、とりあえず返信した。
「同行はします、千歳、初めてのところに一人で行くの、あんまり得意じゃないので。そちらの同行の方も、決まったら教えて下さい」
送信ボタンを押した直後、台所から千歳(女子大生のすがた)の声がした。
『おい、そろそろ夕飯だぞ、まだ仕事か?』
「あ、ごめん、今切り上げられるよ、箸とかコップ出すね」
『今日はスプーンもいる』
「わかった」
俺は慌てて椅子から立ち上がり、二人分の箸やスプーン、コップ、水出し麦茶のボトルなどを出してテーブルに並べた。千歳が料理を並べる。
『今日はスパイスカレーに夏野菜たくさん乗せてみた。本当は揚げナスとか揚げピーマンだけど、まあ焼いてもいけるだろ。あと、とうもろこしと豚こま炒めたのと、サラダだ』
色とりどり、栄養にも俺の腸にも配慮された料理が並ぶ。毎日こんなにやってくれる相手が千歳であり怨霊なんだよなあ、確かに俺は祟る相手で特別扱いなのかもしれないけど、でも千歳は祟ってない星野さんに対しても、野菜のお礼のレシピを熱心に調べてまとめたりしてるわけで……。
だいたい、俺、金谷さん側からの話しか聞いてないからな。何かあったら、双方の話を聞いて判断するのは基本だし。それに、千歳が複数の人に危害を加えたのは祠に入る前で、それ以降またたくさんの霊が加えられたということだから、そのせいで強くはなっても、そのおかげで穏やかになってるのかもしれないし。
「……おいしそうだね。いただきます」
『おいしそうじゃなくて、うまいんだ』
「はい、おいしいです」
俺は金谷さんから何も聞かなかったかのように席に付き、夕飯を食べた。おいしいというのはお世辞でもなんでもなく、千歳の料理はいつも安定した出来だ。まあ、おいしさを感じる要因として、俺が二年くらいベーシックパン生活をしてたことが寄与しているのは否定できないが。
こんな暮らしが今後も続けばな、と思う。誰かが作ってくれるご飯はおいしい。なんでもないことを話しながら食べると、さらにおいしい。でも、千歳を恐れる人はたくさんいるわけで、千歳を恐れる人が勢いづくとしたら、祠から出た今の千歳が進んで人を傷つけることが起きたときなわけで……。
金谷さんから俺がいろいろ聞いたことは、伏せておいたほうがいいと思う。でも、伏せつつも、千歳に注意しておくことはできなくもないと思う。
「……千歳、食べ終わって俺が食器洗ったら、ちょっと聞いてほしい話があるんだけど、いいかな?」
『ん? なんだ? 引越しのことか?』
「そういうわけじゃないけど、ちゃんと聞いてほしい」
夕飯を食べ終わって食器を下げ、食器を全部洗って干してから、俺はテーブルに戻った。千歳(幼児のすがた)は、不思議そうな顔で俺のことを待っていた。
「あのさ、千歳。話なんだけど」
『うん、何だ?』
「あの、千歳は俺のことを祟りに来たわけじゃん」
『そうだぞ、どうしたんだ今さら』
「あのさ、俺は千歳に祟られるの全然いいしずっといてほしいんだけど、千歳がもし俺以外の人を祟ったり傷つけたりしたら、俺のことを祟り続けられなくなるかもしれないと思うんだよ。だから、できるだけ、他の人を祟ったり傷つけたりは、しないでほしい」
俺はかなり言葉を選んで言ったのだが、選びすぎて伝わらなかったかもしれない。千歳は目を瞬いた。
『なんだ、いきなり』
補足が必要だと思って、俺は追加で言った。
「あの、千歳は強いからさ。千歳のことを怖がったり、やられる前にやっちゃえって人もたくさんいるわけでさ、こないだの朝霧トップとか言う人みたいに。でも、千歳は祠から出てから、人を傷つけたり暴れたりしてないから、金谷さんたちは、千歳をなるべくそっとしとこうってなってると思うんだよ。だから、もし千歳がたくさん人を傷つけたりしたら、また千歳をやられる前にやっちゃえって人が増えるかもしれないし、そしたら、千歳は俺のこと祟り続けられなくなるかもしれないから……」
千歳は変な顔をした。
『別に、大人しくやられる気はないぞ』
「それはそうだろうけどさ、普段から気をつけて、攻撃してくる人が増えないようにするほうが、トラブルなくていいじゃん」
『まあ、そうだが。ていうか別に、ワシ、暴れたり人をぐちゃぐちゃにしたりする気、全然ないぞ。また星野さんに車が突っ込んできそうになったら、車はね返すと思うけど、それくらいだ』
そういうことならいいけど。いや車の運転手があまり良くないけど。こないだのトラックの件では、運転手がケガで済んだからお目溢しされてる面が絶対あると思うし。
「そういう緊急のことならまだ仕方ないけど、でも、車の中にも人がいるからね、加減してほしい」
『そんな、とっさに加減しろって言われてもな……。あ、お前に車突っ込んできても、はね返してやるから、安心しろ』
俺は、思いついて言った。
「ていうか、俺が道歩いてる時にそんなことがあったら、千歳が俺を適当にはね飛ばすか持ち上げるかして、車を避けさせるほうが楽なんじゃない? こないだの星野さんは、車にいたからそれは無理だっただろうけどさ」
『それもそうだな。じゃ、そうするか』
「うん、そうして。そしたら車の運転手も危険じゃないし」
千歳には暴れる気は特にないし、やむをえず怪力を行使したいという時も、俺の提案を聞いて被害の少ない方法を取ろうとしているし。とりあえず、大丈夫じゃないかな。あとでこの会話の内容、うまくまとめて金谷さんに伝えとこう。
千歳は首を傾げた。
『話、他にまだなんかあるか?』
「いや、これで終わり。聞いてくれてありがとう」
『ああ、まあいいけどな。ていうか、お前、ワシに祟られて全然いいって、どういうことだ?』
「え、それは……」
話の本題ではなかったので、無意識に言ってしまった。本音ではあるのだが、千歳に聞かせるべきではなかったかもしれない。ていうか、ずっといてほしいとか言っちゃったな俺!
問い詰めてくる千歳をいなすのにかなり困ったが、「そういや俺Amazonでコンビニで売ってないチョコミント見つけた! 今度買ってあげる!」の一言でとりあえず注意を反らせた。千歳がチョコミン党で本当に良かった。
リンツはあんまりコンビニでは売ってませんが、リンツのチョコミントはAmazonで買えます