地獄に仏と参りたい
俺は真っ暗な中を落ち続け、ボフッとでかいクッションに落ちた。見回すと、赤い柱の建物の中のようである。
どこ!? ここどこ!? 井戸の底じゃないよな!?
風船のように太ったおじさんが、俺を覗き込んだ。
「お久しぶり、ごめんねいきなり招いちゃって」
「藤さん!?」
藤さんは、今のアパートにいた地縛霊で、狭山さんの恩師の小説家である。
「ど、どこですかここ」
俺はなんとか立ち上がった。
「地獄」
「地獄!?」
そんな悪いことしてないが!?
あ、でも、生き物殺して食べただけで地獄行きって聞いたことある。肉も魚も食べてるし、小学生の頃は両親の詐欺を手伝ってたようなもんだし、仕方ないのかも……。
いや! ていうか俺死んだの!? まだ死にたくないんだが!?
「わ、私死んだんでしょうか!?」
「生きてる生きてる! 現世で頼みたいことがあったから小野篁方式で招いたの!」
藤さんは両手を目の前で振った。
小野篁。なんかで読んだことあるな、井戸を通して地獄と行き来して、生きたまま閻魔大王の手伝いしてた人だっけ。
「小野篁……まさか閻魔大王の手伝いしろとか言いませんよね?」
「えっ、鋭いね君」
藤さんは目を丸くした。閻魔大王の手伝いするの!?
「私普通の人間ですよ!? 何もできませんよ!?」
「何言ってるの! 見てたよ、世界の危機に大活躍だったじゃない!」
藤さんは俺の背中を軽く叩いた。
「和束ハルのことですか……」
「そうそう。よく死ななかったね。和泉さん、あんな強い怨霊を大人しくさせて、人助けさせて、宇迦之御魂神様の加護までもらっちゃって、地獄ではすごく注目されてるんだよ」
「はあ……」
まあ確かに事実ではあるが、全然楽じゃなかったんだけどなあ。
「あの、閻魔大王の手伝いと言っても、私は仕事があるのでずっとここにいるわけには……」
「現世でやってもらう仕事だし、あの怨霊くんにも協力してもらわないといけないことだから」
「なら千歳も呼んでくださいよ」
「ゴリゴリ神道の人、招きにくいんだよね、疲れちゃう」
あ、そう言えば地獄って仏教とかキリスト教にある概念か。神社で地獄って聞いたことないな、確かに。
藤さんは嬉しそうに両手をすり合わせた。
「で、仕事と両立できそうなら引き受けてくれるってことかな?」
「うーん、詳細を聞くまで何とも言えませんが、とりあえずお話は伺います」
この場で断っても、帰してもらえる保証ないしな。とりあえず話聞いて、それから判断しよう
「そっかあ! じゃあ閻魔大王様のところまで行こうか!」
藤さんはうきうきになった。
藤さんについて長い廊下を歩いていく。間が持たないので俺は藤さんに聞いた。
「地獄ってどんなところなんですか?」
「めちゃくちゃ罪人が落ちてくるけどね、等活地獄の瓮熟処があんまり人多いし、新しい罪もたくさん出来てきたから、地獄の種類の整備を進めてて。俺は現代風俗に詳しいからって、瓮熟処を免除してもらって地獄の整備の手伝いしてる」
「等活地獄? おうじゅくしょ?」
「等活地獄は殺生をした人が落ちる地獄で、瓮熟処は等活地獄の中の、動物を殺して食べた人が落ちる小地獄」
「それほとんどの人が該当しません?」
生まれてから死ぬまでベジタリアンじゃないとアウトじゃん。
「そうなんだよねえ、だから瓮熟処にしか該当しない人は割と早く放免してもらってて。生まれ変わるまで地獄にできた街で暮らしてるよ、俺もそこに住んでる」
「へえー」
「新しい種類の地獄とかも作っててさ。前からデマは広めやすかったけど、AIでもっとやりやすくなっちゃったじゃん」
「そうですね」
「単にデマなら嘘ってことで大叫喚地獄で舌抜くんだけど、AIで実在の人の顔使ったポルノ作って不特定多数にばらまいた奴とかは、嘘ついたかどで地獄に落とすか、それ用の新しい地獄作るかとか、そんなこと話してる」
「なるほど……」
だいぶ最新の問題に対応している。
「俺はさ、やってないソシャゲのエロ同人使った人が落ちる地獄提案したんだけど、却下されちゃった」
「じ、地獄に落ちるほどじゃないでしょ」
仮に作られてたら、俺、その地獄に落ちるが!?
「さて、着いたよ。閻魔大王様! 和泉豊を連れてきました!」
藤さんが大きな両開きの扉を開けると、天を着くような大男が、俺の身長ほどもある卓についていた。そして、ぎょろりと俺を見た。




