封印のための力欲しい
「怖いー! 嫌や! 高千穂さん!!」
「大丈夫だから、怖くないから、これからもっとちゃんと暮らすためなんだからね」
千歳と本白神社の裏の隅のテントに来たのだが、和束ハル(祠からにょろりとヘビの体が生えてその上に上半身つき)が怯えきって高千穂先生の後ろに隠れている。どういうこと?
高千穗先生が和束ハルの背中をよしよしとなでながら言った。
「すみません、ハルちゃん、和泉さんが怖いんですよ」
「ええ!?」
なんか怖がられることある!?
高千穂先生は困り顔で言った。
「だって、ハルちゃんの企て、ほとんど和泉さんが阻止してるじゃないですか」
「そうですかね?」
「ほら、千歳さんに術を仕込んでも和泉さんが突き止めたり、和泉さんのお守りで無効化したりじゃないですか。じゃあ和泉さんをどうにかしよう、ってやっても生き返ってくるし、子供にしてもいつの間にか大人に戻って完璧に変装して潜伏して、僕にまでたどり着いたし」
い、言われてみたら俺の経歴結構ゴツいな……。
「単に必死だっただけですが……」
俺はそう答えたが、和束ハルは高千穗先生の背に隠れて本当にビビっているようだったので、俺は拍子抜けしてしまった。こりゃ、SNS特定なんてする必要なかったな。
一緒に来てた緑さんが言った。
「彼女が怯えて本領を発揮できないから、祠を動かすときのちょうどいい見張りになるっていろんなところから言われちゃって、和泉さんに来てもらうことになったんです。そんなことしなくてももう暴れないと私は思うんですが」
千歳が頷いた。
『高千穗先生と暮らしてるだけで満足してるみたいだもんなあ』
「もう十分大人しいのよ」
緑さんは頷き、千歳は俺を見た。
『Twitterのアカウントなんて探し当てる必要なかったな』
「いやそれは言わなくていい!」
こんな怯えてる相手にそんな最終兵器使わなくていいだろ!
高千穗先生の後ろに隠れた和束ハルが「Twitterのアカウント……?」と震えた声でうめいた。
『和泉もあんたのことが怖いから、あんたが生きてた時のTwitterアカウントとmixiって言うののアカウント見つけて、何かあった時用に狭山先生に預けてんだ』
「嘘やろ!?」
和束ハルは飛び上がらんばかりに驚き、「やっぱり嫌や! こいつ怖いー!!」と高千穗先生に抱きついた。
俺は千歳をたしなめた。
「こんな怖がってる人にそんな追撃しなくていいから。俺の取り越し苦労だったから」
千歳はむくれた。
『でもお前、こいつに散々な目に遭わされたんだし、多少怖がらせるくらいいいだろ』
高千穗先生も緑さんも驚いているようだった。
「どうやって見つけたんです?」
「どうやってハルちゃんのそんなのを?」
俺は簡単に説明した。
「本名はわかってたので、そこからFacebook探して、Facebookに上がってる画像を片っ端から画像検索したらmixiアカウントが見つかって、mixiの画像を片っ端から画像検索したらTwitterアカウントが見つかって」
「うわあ……」
「それで見つかるんだ……」
ドン引かれてしまった。そんなあ、誰にでもできることだろ、時間さえかければ。
和束ハルが泣きそうな顔で俺に声をかけた。
「消してえ……お願いやから全部消してえ……」
「あー……あなたが鍵かけるほうが早いし確実ですよ」
mixiもTwitterもアカウントを非公開にできる。そうしたら、俺なんてとても見られない。まあweb魚拓は取ってあるが。
和束ハルは俯いた。
「Twitterはともかく、mixiなんてもうパスワード覚えとらんわ……」
「な、なるほど……うん、じゃあ狭山さんには消すように言っておきます」
そっかあ、本人がパスワード忘れてもう何もできないってこともあるのか。
話し込んでしまったが、やることは神社の裏のテントの中の祠を隣のコンテナハウスに移し、千歳が霊力を込め直すことである。これまで、和束ハルと高千穂先生はテントで一緒に寝起きしていたそうだ。
俺は高千穂先生に聞いた。
「外で寝起き、きつくありませんでした?」
「社務所でお風呂は借りられましたし、最近のキャンプ用具は優秀なんで……それに、ハルちゃんと一緒にいたかったですし」
「そうでしたか」
『じゃ、早速やるかあ』
千歳(朝霧の忌み子のすがた)はボンと音を立ててゴツいヤーさんの姿になり、和束ハルが生えている祠を抱えあげた。和束ハルは不安そうにしている。
「落とさんでよ……」
『大丈夫、ワシ力強いから』
その言葉の通り、千歳は危なげなく祠を運び、緑さんがドアを開けたコンテナハウスの中に入っていった。
『どの部屋に置く?』
「1階の奥の寝室に」
千歳の声に高千穗先生が答え、先導していった。
『この穴に差し込めばいいのか?』
「そうです、ありがとうございます」
『よいしょっと』
千歳は床に開いた穴に祠の下を納め、和束ハルもホッとした顔をした。緑さんが言った。
「で、ここでの祠の封印が安定するように、霊力込めてほしいの」
『うん』
千歳が霊力を込めている間、和束ハルがやっぱり俺のことが怖そうに高千穗先生に身を寄せるので、俺は少し居心地が悪かった。でも俺一応見張りでここに来てるから場を外すのはできないなあ、早く終わらないかなあ。
しばらくして、千歳の声がした。
『終わった! 疲れたあー!』
千歳はボンと音を立てて朝霧の忌み子に戻った。俺は千歳に声をかけた。
「お疲れ、立てる?」
『家までは歩けるけど、帰ったら速攻寝る』
高千穂先生と緑さんが交互に千歳に声をかけた。
「本当にありがとうございます、これで普通に二人で暮らせます」
「ありがとうね千歳ちゃん」
『うん』
千歳はすでに眠そうだ。緑さんが言った。
「じゃあ、お礼は後日させてね。疲れてるみたいだから、もう帰ってもらって大丈夫」
『うん』
そういう訳で、俺たちはコンテナハウスの玄関から外に出ようとしたのだが。
ドアを開けると、そこに井戸があった。
「ん? なんだこれ?」
こんなのあったっけ?
首を傾げると、井戸の蓋がバンと開き、俺はものすごい勢いで井戸に吸い込まれ、真っ逆さまに落ちてしまった。




