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お前のために調べたい

「行くべきか、行かないべきか、それが問題だ……」

『どうした?』


 パソコンの前で悩んでいたら、考えていることが口に出ていたらしい。布団を干し終えてベランダから戻ってきた怨霊ヤーさんのすがた(大きいものを運ぶ時は大きい方が楽らしい)に声をかけられた。


「いや、今回頼まれたWebコンテンツ用の調べ物してて、たぶん図書館あされば結構資料が見つかると思うんだけど、少し遠いし行っても具合悪くなって引き返しちゃう可能性もあるから、どうしようかと思って」


 怨霊は首を傾げた。


『インターネットで調べられないことなのか? 何でも調べられると思ってたぞ』


 ネットにあまり詳しくない者によくある勘違いだ。感覚が昭和で止まっていると思しきこの怨霊は、それでもネットを参考にして毎日の料理を作れるからマシな方だと思うが。


「ネットはリアルタイムの情報追いかけたり、ある程度新しい事とか、広く関心が持たれてる事を調べたりにはいいけど、体系的知識を得るにはまだまだ本かな。あと、本を参考にしたほうがネット上でのネタかぶりしにくい」

『そういう物なのか』


 怨霊は首を傾げた。


『よくわからんが、図書館に行ければ稼げるのか?』

「んー、すぐものすごく稼げるわけじゃないけど、いい成果が上がる可能性は高いし、それで評判が良くなればいい仕事にありつける可能性はある」


 怨霊はやる気に満ち溢れた顔になった。


『じゃあ行くぞ! 洗濯物干したらすぐ行くぞ』

「え、あんたも来るの?」

『お前が動けなくなった時、ワシがいれば引きずって帰れるだろ』


 わりと善意だった。あんまり引きずってほしくはないが。かと言って背負ったり抱き上げたりもしてほしいわけじゃないが。自分の足で普通に帰れるのが一番いい。

 とはいえ、付添いがいるのは普通にありがたい。確か最寄りの図書館では十冊まで借りられるが、専門書ばかりになりそうだから、限度いっぱいまで借りるとかなり重くなる。

 怨霊が布団を干したり料理を作ったりするたびに、どうも、とか助かる、とか言っていたら、頼んでもいないのに洗濯もしてくれるようになったから、頼んだら本を持つくらいはしてくれると思う。

 一応、聞いておくことにした。


「あのさ、借りる本が多いからかなり重くなりそうなんだけど、持つの頼めたりする?」

『いいぞ、お前と一緒に引きずって帰る』

「俺のことは多少引きずってもいいけど本は傷つけないで、借り物だから」


 ともあれ怨霊の快諾を得た。怨霊が洗濯物を干している間、図書館のホームページを開いて資料検索してみたら、一番の目当ての本は所蔵されていたし、貸出中でも貸出予約満載でもなかった。

 天気もよく、数日は低気圧も来そうになかったので、体調は大丈夫な方にかけてみることにしようと思った。


『なあ、お前と外に出るなら無害な姿の方がいいんだろう?』


 再びベランダから戻ってきた怨霊が聞いてきた。


「ん? ああ……まあ、今の格好だと威圧感すごいから、もうちょっと優しそうな姿のほうがいいかな」

『こないだの若い女の格好でいいか? ほら』

「……平日昼間に中学生女子連れ回してると、例え図書館でも別の意味で不審に見られるから、もうちょっと年上にして」

『令和って面倒くさいな……』


 こないだの中学生女子が大きくなって大学生くらいになった感じの怨霊と連れ立って歩く。一人で日中歩くと、女性や子連れとすれ違うときあからさまに避けられるのだが、怨霊と歩いているとそうでもない。二人連れだからなのか女連れだからなのか。不審者を見る目を向けられるのは割ときついので、怨霊が暇そうなら、体調に無理がなくても同行を頼んでもいいかもしれない。

 怨霊がこちらを見上げて言った。


『なあ、ワシも本借りられるのか?』

「あー、図書館内で読むのは大丈夫だけど、借りるのはちょっと無理かな……身分証明書がないと図書カード作れなくて借りられないと思う。またレシピとか調べるの?」

『料理もだが、他にもいろいろだ』

「ふうん?」


 何を調べる気だろうか。物騒なことでなければ別に、立ち入るつもりはないけれど。読んだり借りたりした本の履歴は、実は結構な個人情報なので、あまり聞くのもよくない気がした。

 無事に図書館に着き、俺はとりあえず体調を崩すこともなく目当ての本を探し当てることができた。本棚にずらっと並ぶ本から資料を探すのは、近い分野の本が目に入りやすいので、思いもかけずいい感じの資料も手に取ることができて、電子書籍とはまた違うメリットがあった。体調が許せば、金もかからないのでなるべく活用したい。

 図書館を使い慣れていないらしい怨霊に、料理に関する本は技術・工学の家政学・生活科学棚にあると教えたら、一目散に行ってしまって、俺が目的の本を探し出して貸出カウンターで借り終わっても、別の棚で何か調べているようだった。

 しばらく放っておいたほうがいいかなと思ったが、一応声をかけた。


「俺借り終わったけど、まだかかる?」

『お!? おう、済んだのか、本持つぞ、お前も持つか?』


 怨霊は驚いた顔で俺を見上げた。


「いや、帰るのは大丈夫そうだから、本持ってくれればいいから。調べ物、まだかかるなら待とうか? そこまで急ぎじゃないし」

『いや、いや、いい。帰るぞ。飯の準備もしておきたいしな』


 もらい物のエコバッグに入れた本を怨霊に持ってもらい、帰り道を行く。傍から見ると女の子に重そうな荷物を持たせている男だが、この男は傍から見た以上に弱々しいので勘弁してほしい。


「なあ」

『なんだ?』

「今日は普通に図書館まで往復できたけどさ、いつもこれくらい調子がいいとは限らないから、俺が返却日に寝込んでたら、代わりに返しに行ってくれる?」


 怨霊は首をかしげた。


『本人が返さなくていいものなのか?』

「全然平気。めんどくさければ、図書館の外にある返却ボックスに突っ込んどいてくれればかまわない」

『最近の図書館は便利だな! 令和も便利なことがあるんだな』

「平成からあったと思うけどね」

『また行くぞ』

「うん、調子さえよければもっと図書館使いたい」

『今度はお前の子種を増やす方法と、お前の見た目をよくして女にモテる方法を調べるぞ』


 それは特に調べなくていいと思った。

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怨霊のくせに現世楽しんでんじゃんw
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