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二度とあれには戻らない 後編

 心を無にして他の仕事に専念しようと思っていたが、翌日の十時半、萌木さんからメールが来た。多分この中に、俺の今後の扱いが書いてある。恐る恐る開けて、でも文面をすぐに見られなかった。何度か深呼吸して、覚悟を決めて読んだ。


「え……」


 思わず声が出た。そこにはこういうことが書いてあった。


〈神沢あざみさんを監修者にする話はなしになりました。代わりの監修者を選びます。それを選ぶ手伝いを頼めませんか? 選び直した監修者の元でのコンテンツ作成を、改めて和泉さんに頼みたいと思います〉


 ……俺にとって、望外すぎる話だ。にわかに信じられなかった。萌木さんにもっと話が聞きたい。すぐメールを返そうかと思ったが、Slackを見たら萌木さんのアイコンがアクティブ状態だったので、そちらからメッセージを送ってみた。


「メール拝見しました、本当にありがとうございます。こんなに良くしていただいていいんですか?」


 すぐに返事が帰ってきた。


〈メール遅くてごめん、監修者選定も含めて頼めるよね?〉

「もちろんお引き受けします」

〈ああいうこと、教えてくれてありがとう。この件、俺一人じゃ決められないことだったからすぐ返答できなかったけど、指摘してもらえてよかったよ。資料も助かった。関係者全員に回したんだけど、すごく説得力があった〉

「リサーチと資料作成は学生の頃からずいぶんやって、慣れてるので。でも、本当によかったんですか?」

〈今回の化粧品の大本のクライアント、絶対に瑕疵を作らないでくれって言ってきてるから、むしろすごく助かったよ。今のインターネットでは、クオリティ高いことは大事だけど、確実にアウトな物を出さないことはもっと大事だし。和泉さん、アウトの部分に詳しいみたいだしね〉

「まあ、それはあるかもしれません」

 〈じゃあよろしくね。監修者選定なんだけど、ひとまず、監修者の候補に上がってたけど選に漏れた人たちの資料を今メールで送るんで、良さそうな人に目星つけてくれない? その分も後で込みで払うから〉

「わかりました、何人分ですか?」

〈とりあえず五人。経歴と今の職業、本人のブログとかサイト、あれば本や雑誌に寄稿した記事〉

「わかりました、明日の午前中までには目星つけた結果返信します。午前に間に合いそうになかったら、なるべく早めにその旨連絡します」

〈よろしく〉


 やり取りを終え、萌木さんのアイコンが離席状態になった。俺は、大きくため息をついた。

 言ってよかった。言ったら、何もかもがいい方向に進んだ。俺は何も怖がることはなかった。俺は、自分の望むことを望むとおりにやっていけるんだ。これまで築いた人との関係も同じように続けていけるんだ。よかった。本当によかった。


「千歳!」


 俺は、椅子から立ち、暑いさなかのベランダに出て、布団を干している怨霊ヤーさんのすがた(命名:千歳)に声をかけた。


「萌木さんの所の仕事、なくならなかった! 逆に、ちょっと大きなこと任せてもらえる感じになった!」


 布団をはたいてほこりをはらっていた千歳が目を丸くした。


『え、そうなのか? でも、なんかやっちゃいけないことやらされるとか言ってなかったか?』

「それもなしになった! ちゃんとした所を俺に選ばせてくれるって!」

『お、おう』


 千歳は目をぱちくりさせた。


『めちゃくちゃしょぼくれてたのに、いきなり元気になったなお前……』

「そんなにしょぼくれてた?」

『だって、昨日の夕飯も今朝の朝飯も、別に調子悪いとかじゃないのに、お前全然おいしいって言わなかったじゃないか』


 そうだったっけ? いや、心ここにあらずだったのは確かで、味わう余裕がなかったのも確かだけど……。


「いや、ごめん、おいしかったよ、ちょっと俺が味わえる状態じゃなかっただけで」

『そういうのをしょぼくれてるっていうんだ』

 最もなことを言われたので、俺は苦笑した。

「それもそうか。うん、でも、もう大丈夫だから。何も心配いらない」

『昼飯はいつもみたいに食えるか?』

「食べられる」

『じゃあ、うまいの作るから、ちゃんとおいしいって言え』

「うん」


 千歳は部屋に入り、ボンと音をさせて女子大生の格好になり、台所に向かった。

 その日の昼ご飯は、なぜかいつもの倍くらい出てきたけど、俺はなんとか根性で食べきって、おいしいと言った。

たくさん作ったらたくさんおいしいと言ってもらえるのではないかと考えるタイプの怨霊

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