日差しを避けて帰りたい
これまでのいろいろに感謝ということで、怨霊(命名:千歳)にお菓子を奢ることになった。二千円分。
「何か食べたいものある?」
『うーん……』
千歳(黒い一反木綿のすがた)は首をひねった。
『一度、ちゃんとチョコミントアイスが食べたいんだが、この暑さだと持って帰ってくる最中に溶けそうで買えないんだよなあ』
地に足のついた悩みだ。怨霊とは思えない。ていうか、あんなにチョコミント好きなのに、チョコミントアイスちゃんと食べたことなかったのか。
「スーパーの、冷やす用の氷あってもダメな感じ?」
『この暑さじゃなきゃいけると思うんだが、しばらくこれくらい暑いだろ?』
「これからニヶ月は暑いね……」
俺は考えた。買ってから冷やして運ぶ方法……いや、食べるのが目的なんだから、買って溶ける前にすぐ食べればいいわけだ。近所のスーパーで買ったものをその場ですぐ食べるのは難しいが(確か休憩所のベンチはコロナ禍で飲食禁止だ)、他の所ならできるかもしれない。チョコミントアイスが買えて、しかもその場ですぐ食べられる所。
「うーん、サーティーワンは遠いしなあ……あ、そうだ、イートインのあるコンビニとかどうかな。そこなら、チョコミントアイス買ってすぐ食べられるよ」
コンビニなら、昨今のチョコミントブームで、チョコミントアイスは何かしらあるだろう。その他のお菓子も多いし、千歳には好きに選んでもらってかまわない。
千歳は首を傾げた。
『イートインってなんだ?』
そういえば、イートインがコンビニにつき始めたのはここ数年かもしれない。
「えーと、テーブルとか椅子があって、買ったものをその場ですぐ食べられる所。三十分くらいまでなら座ってて大丈夫」
千歳の顔がパッと輝いた。
『じゃあ、コンビニでチョコミントアイスたくさん買って食べたい!』
「わかった、じゃあイートインがあるコンビニ探すよ」
コロナ患者が増えてきたし、感染予防としてまた全国のイートインスペースが閉じるかもしれない。すぐ探して、早めに行ったほうがいいだろう。スマホで軽く検索をかけると、大手コンビニ二社で、イートインのある店舗を検索できることがわかった。地図画面を出して千歳に見せる。
「イートインがあって一番近いのは、ここのコンビニ」
『普段行かない所だなあ』
距離的には近所のスーパーとさほど変わらないが、完全に逆方向なので、確かに行かないかもしれない。
「一緒に行く? 俺、朝早くで暑くないときなら行けるよ」
千歳は、始めての場所は一人で行くのが苦手らしいことを思い出して、俺は付け加えた。
『その方がいい』
「いつがいい? とりあえず、俺は明日の朝とか午前が大丈夫」
『じゃあもう明日行こう! 朝飯の後行こう!』
「わかった、じゃあ朝散歩の代わりに行こう」
というわけで、翌朝、朝ごはんの後、千歳(女子大生のすがた)とそのコンビニまで行った。そこまでの距離ではないが、この時間だというのにすでに熱気と日差しがあり、コンビニに入った瞬間かなりホッとした。千歳は、コンビニの品揃えを見て喜んでいた。
『やっぱりコンビニはチョコミントアイス多いな!』
「二千円以内なら何でもいいから、好きに選んで。チョコミント以外のも買ってもいいんだし」
『選ぶのちょっと時間かかるぞ?』
「大丈夫、他の人に邪魔にならないように選びな」
大はしゃぎでコンビニのアイスケースに張り付く千歳を見ていたら、後ろから声をかけられた。
「あら、和泉さん? 千歳ちゃんも」
振り返ると、星野さんがいた。
「あ、おはようございます。こちらにもいらっしゃるんですね」
『おはよう星野さん!』
「おはよう、どうしたの?」
『チョコミントアイス買いに来たんだ!』
千歳は元気に答えた。俺は言い添えた
「スーパーで買うと溶けちゃうっていうんで、イートインのあるコンビニならすぐ食べられるからこっちまで来たんです」
星野さんは笑った。
「千歳ちゃん、本当にチョコミント好きねえ」
『好きだぞ、売ってるやつ全部試したい』
千歳はなぜか堂々と言った。
「今選んでるの?」
『うん』
「じゃあ、邪魔しないでおくわね」
星野さんはこちらに視線を向けた。
「あの、ちょっといいかしら?」
「はい、何でしょう?」
「この間、南さんって尼さんたちが、いろいろ説明してくれたんだけど、その、千歳ちゃんのこと……」
そういえば、星野さんに「千歳のことは俺からそのうちちゃんと説明する」と言っておいて機会を逃していた。これはまずい。俺は謝った。
「すみません、ちゃんとご説明していなくて。その……千歳は、俺の妹とかではなくて、俺を祟りに来た怨霊なんですよ。転んで近所の祠壊しちゃったんですけど、そこにいたみたいで」
「南さんから聞いたわ、ちょっと歩いたところにある、山に入る近くの祠でしょ? 小さい頃から、祟るって聞かされてたわ」
「あ、ご存知でしたか」
「一応、この辺生まれこの辺育ちなのよ」
真剣にチョコミントアイスその他のお菓子を選ぶ千歳を見つつ、俺は星野さんと情報交換した。星野さんは、南さんから大体のことは聞いているらしいが、俺からの話も聞きたかったようだ。
「すごく強くて怖くて、でも和泉さんといると、なんでか大人しい、って聞いたわ」
「今は俺を祟るので忙しいみたいです、祟られてる気は全然しませんけど」
「仲いいものねえ、千歳ちゃん、かき氷機喜んでたわよ」
「それはよかった」
「若い友達ができたと思ってたんだけど、千歳ちゃん、私よりずっと歳上なのねえ」
星野さんは感慨深げにつぶやいた。千歳の始まりは江戸時代のいつかで、大政奉還から数えたとしても、百五十才を超える。この世界にいる人類の誰よりも年上だ。
「まあ、若くなくても、仲良くしてもらえるとありがたいです」
そう言うと、星野さんはおかしそうに笑った。
「そりゃもちろん! 娘があれくらいだったときを思い出してた私が、おかしかったと思ってただけ」
「一応、千歳は、星野さんと会うときは若い女の子の格好ですけど、いろいろ姿変えられるんですよね」
「そうなの?」
「力仕事のときはデカくてゴツいおっさんになりますし、食事の時とか湯船に浸かるときは小さい方がいいからって小さい男の子になりますし。見上げるくらい大きくもなれます」
星野さんは怪訝な顔をした。
「……千歳ちゃんのこと、女の子だと思ってたんだけど、どっちなの?」
「……どっちなんでしょうね……俺もよくわかりません」
俺は悩んだ。千歳の成り立ちは、たくさんの子供や女性の霊ベース、そこに強い霊を複数、ということだ。女性の割合が多いかもしれないけど、おそらく男女両方が混じってることが察せられる。
「たくさんの霊が集まって出来てるそうですし、本人も、中にたくさんいる、とちょくちょく言ってますし、どっちの要素もあるんじゃないですかね」
「そうなの……まあ喋り方は男の子っぽいかしらね」
星野さんは、それなりに納得したようだった。千歳がチョコミントアイスを選び終わったらしく、こっちに寄ってきた。
『これとこれとこれがいい。あと、冷凍のマカロンっていうのも金額内だから買え、食べてみたい』
「おっけー、じゃあ会計行こう」
「よかったわね、千歳ちゃん」
『うん!』
千歳はずいぶん嬉しそうだった。
『星野さん、コンビニで何か買わないのか?』
「ああ、住民票取りに来ただけなのよ。ごめんね、母親をデイケアに送る用意があるから、もう失礼するわ」
『明後日のスーパー、ポイント五倍だぞ!』
「逃さないわよ、また明後日ね」
星野さんは、コンビニを出て日傘を差して去っていった。俺も会計を済ませて、千歳にチョコミントアイスその他を渡した。
『イートインってあそこか?』
「そう」
『じゃあ食べるぞ!』
千歳は椅子に座り、さっそくと言ったようにアイスの包みを開けて食べだした。
『冷たい! パリパリしてすごくうまい!』
「そりゃよかった、お腹壊さないようにね」
『お前じゃないんだから壊さないぞ、まあ元々壊さないけど』
見ていて気持ちいい速さでチョコミントアイスが減っていく。アイス一個で腹痛になる身としては、うらやましい光景だ。
「マカロンも食べる?」
『それは解凍して食べるやつだから、帰って食べる』
あっという間にチョコミントアイスはなくなってしまった。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
『うん』
コンビニを出ると、威力が増した熱気と日差しが襲った。当たり前の話だが、コンビニで過ごした時間の分だけ日が高くなっている。
「うわ、帽子くらいかぶってくればよかったな」
『…………』
思わず手で日差しを遮りながら愚痴ると、千歳は何か考えているようだった。
『おい、これでいいか?』
千歳は片手を振った。ポンと音がして、次の瞬間、その手には傘が握られていた。
「え? 日傘? どうやったの?」
『ワシいろいろ形変えられるだろ? 手からちょっと出して、こねてみた』
「ああ、なるほど……便利だな」
『手から離せないから、ワシが持つぞ、ほら』
千歳は日傘を開き、こちらに差し掛けた。かなり大きい傘なので、千歳に寄る必要はあるものの、しっかり日差しが遮られて、かなり楽になる。
「うわ、すごく楽だ、うわー、日傘ってこんなにいいんだ……」
男にも日傘が勧められるご時世になってきたが、体験したのはこれが初だ。空気の暑さは変わらないが、日差しが遮られるだけでずいぶん違う。確かにこれは、使ったほうがいい。
『日陰に入るだけで楽だからな、これで帰るぞ』
「うん、持ってもらって悪いね、ありがとう」
相合い傘みたいな形で帰る。日傘は初体験だし、相合い傘みたいなことも初体験だ。俺が傘持ってるわけじゃないので格好がつかないけど。でも、日傘で相合い傘をやるとは思わなかったな、と俺は苦笑した。




