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あなたと一緒に涼みたい

 今のところ続いている朝の小散歩から帰ってきて、俺は確信した。


「完全に梅雨明けてる。夏来てる」


 今日も散歩に付き合ってくれた怨霊(女子大生のすがた→黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)がびっくりした顔をした。


『いや、まだ六月だぞ!?』

「だって、天気予報がもう雨を予報してないんだよ……そこにこの抜けるみたいな空、この時間でこの気温、これはもう夏」


 言い切ると、千歳は首をかしげた。


『そんなもんなのか? 今日の予報、暑くなるのか?』


 俺はスマホの天気予報アプリを見た。


「最高気温で三十三度」

『嘘だろ!?』


 千歳は飛び上がった。元から一反木綿の格好だと浮いてるけど、そこからさらに飛び上がった。


「気象庁は進んで嘘はつかないよ、そりゃ必ず当てるわけじゃないけど」

『いや、でもワシ、夏でもそんな温度知らんぞ』

「うーん、でも、異常気象続いてるし、統計的にも、昭和の頃より夏は暑くなってるみたいだからさ」

『え、そうなのか……令和大変すぎじゃないか……?』


 千歳は明らかに怯えた様子になった。


「ということで、俺はひとつ賭けをしないといけないんだよな」


 俺はあごに手を当てて考えた。千歳は朝食の準備をしたいらしく、ボンと音を立ててまた女子大生の格好になったが、また不思議そうな顔をした。


『賭け? お前賭けごとなんてする金あるのか?』

「お金を賭けるわけじゃないけど。冬から使ってないエアコンのクーラーが稼働するかどうかは大いなる賭けだなってこと」

『六月から冷房つけるのか!?』

「だって、つけたら月一万円だけど、つけないで熱中症になって病院かつぎこまれたら、五万円飛ぶし」


 そう言うと、千歳はなかなか複雑な顔をして考え込んでしまった。


『熱中症とか、本当にあるのか……いやでも三十三度だしありうるのか……』

「ていうか、味噌汁これから作るのにごめん。俺エアコンのリモコンさがすからよろしく」


 俺は、クローゼットを開いて、エアコンのリモコンをしまっておいたはずのカラーボックスを開けた。


『今もうつけるのか?』

「うん、暑くなりきってからつけるより、涼しいうちにつけて、温度を維持する感じのほうが電気代低くなるって聞いたことあってさ」

『ふーん……知らないことばっかりだなワシ……』


 カラーボックスを探ってリモコンを見つけたが、ふと思いついて俺は聞いた。


「千歳は暑いの平気なの? 俺はある程度適温じゃないと、暑くても寒くてもだめなんだけど」

『ワシがどこにいたと思ってるんだ、カンカン照りの外の祠の中だぞ』


 千歳は、なぜか胸を張った。


「それもそうか……いや、去年とか一昨年の夏も相当高温だったけど、それをクーラーなしでいけたってこと!?」


 台所にいる千歳を見ると、包丁でナスを切りながら返事してくれた。


『まあ、そうだな。ていうか、多分ワシ暑いくらいじゃどうにもならんぞ』

「そうなの?」

『だって、料理しててうっかり熱いもの触っても、別に火傷せんし』


 千歳はさらっと言った。

 ……熱中症で命が危険になったり、熱いものを触って火傷したりは、人体がタンパク質でできていて、タンパク質は高温で変性するからと言える。じゃあ、怨霊はタンパク質ではできていないということだろうか。千歳はめちゃくちゃ食事してるし、どうもトイレも使っているようだから、タンパク質でできててもおかしくない気がするけど。

 でも別に食べなくても死なないということだから、人体とは全く別の作りなんだろうし、やっぱりタンパク質じゃないんだろうな……。金谷さんも、千歳は江戸時代のたくさんの子供や女性の霊をベースに、強い霊を複数足してできてる、みたいなこと言ってたし……。

 千歳は、切ったナスを鍋に入れながら変な顔をした。


『なんだ、じろじろ見て。エアコンつけないのか?』


 俺ははっとした。


「いや、ごめん、別に意識して見てたわけじゃないんだ、ちょっと考え事。今つけるよ」


 開けていたベランダの窓を閉めて、リモコンでエアコンの電源をつけ、クーラーをつける。エアコンは問題なく動き、ほどなく室内は涼しくてさらっとした空気になった。

 千歳が味噌汁茶碗ふたつを両手に持って、台所から部屋に来た。そして、驚いたような、それでいて嬉しそうな顔になった。


『涼しいな! 今気づいたけど、外かなり蒸してたんだな』

「やっぱ湿度も高いよな、日本の夏は何もかも無理だよ」


 返事をしつつ俺は気づいた。千歳は、別に暑くても死なないし熱くても火傷しないけど、暑いとか、熱いとか、涼しいはわかっているし、適温で気持ちいいというのもあるらしい、と。


『夏になったら熱い味噌汁飲むのきついから、どうしようかと思ってたんだが、これくらいなら大丈夫だな!』


 嬉しそうに言う千歳を見て、俺は答えた。


「……あのさ、俺の適温にしてるけど、千歳的に暑いとか寒いとかあったら言ってよ、それなりに調整するから」


 俺は、そのためにできることがたいしてあるわけじゃないが、毎食食事作ってくれて他の家事もかなりやってくれて、話してて快適な相手には、やっぱりそれなりに快適でいてほしい。千歳が来てからこっち、多少稼ぎやすくなってはいるから、千歳好みの冷暖房費くらいなんとかなると思いたい……多少はなんとかなると思う。ひとまず、今日の仕事をがんばろう。

2022年6月が初出の話です

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