かっこいいからやってみたい
仕事に集中していたので気づかなかったが、千歳と机を並べて作業するようになったので、たまに千歳は俺がキーボードカタカタしてるのをじっと見てるようだ。お昼ご飯を食べているときに『タイピングできるのいいなあ、かっこいいなあ』と言われた。
「かっこいいかなあ?」
『だってワシ、タイピングできないし』
「そうだったの?」
いや、でもよく考えればそうだ。千歳が使ってるのはタブレットとスマホだし、キーボードを使っての文字入力はやったことがないはず。タイピングはパソコン限定の機能だから、パソコン持ってないとなかなか身につかないって聞いたことがある。ましてや千歳は昭和の知識がベースだし、当時ワープロやタイプライターが使えるのは一部の人だけだ。
「別に難しくないよ、要は慣れ。正しい位置に手をおいて、どのキーにどの指が対応するか覚えたら、後はひたすら打つだけ」
中一の時、おじいちゃんの店の経理の人がお古のパソコンをくれて、しばらくタイピング練習ゲームに熱中したことを思い出す。あのゲームソフトも経理の人が入れてくれてたから、俺がタッチタイピングで今の仕事ができてるの、あの人のおかげかも。感謝しなきゃなあ。
千歳は首を傾げた。
『じゃあ、ワシもパソコン買って練習したら、できるようになるか?』
「パソコン買わなくても、タブレットに接続できるキーボードがあれば、タブレットで練習できると思う」
『うーん……キーボードのことよくわからないから、なんかいいの選んでくれないか? 金は出す』
「いいよ」
食べ終わって食器を洗ってからさっと調べ、充電式のBluetoothキーボードを選んだ。初心者でも打ちにくくないように、ある程度大きめで、タブレットスタンドも付いてるやつ。
翌日の午後にはキーボードが届き、俺は千歳にタッチタイピング用のゲームを教えてあげた。
「まずは指の位置を覚えて、覚えたらあとはたくさん打つことだね」
『やってみる!』
千歳はしばらく自分の机でゲームをして、俺は仕事に集中した。夕飯のときに、千歳のタイピング感想が聞けた。
『慣れっていうのはよくわかった。手の位置覚えるの大変だけど、たくさん打てば覚えるだろうなっていうのもわかる』
「そこまで行けば、あとは本当に慣れだよ。世の中何があるかわからないから、やれるようになったら、ひょんなことで役に立つ時があるかも」
世の中何があるかわからないから、何が役立つかわからないのだ。身につける技能は多いに越したことはない。
『んー、役に立つか知らんけど、キーボード見ないで打てるようになったらかっこいいから、やる』
「かっこいいのかあ」
まあ、それも十分な動機ではある。ていうか、俺、仕事でタッチタイピングしてる所、そんなに千歳にかっこいいと思われてたのか。もう特に意識しないでできることだけど……千歳にかっこよく思われて、嬉しい気持ちはあるな、正直。




