一緒にパンを楽しみたい
萌木さんの所からの案件が、十件全部完了した。細かい修正は入ったけど、修正も含めて全部終わった。
「よかった、やればできるもんだ、正直自信なかったけど!」
萌木さんの所の案件は正直、相当がっつり取り組まなきゃならない。その分実入りはいいけども。今回引き受けたのは従来の五記事でなく十記事なので、萌木さんの所でのランクが上がって、単価が上がっているのもありがたいことだ。
怨霊(黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)がパソコンをのぞき込んできた。
『よかったな、なんかうまいもん作るか?』
「いつもおいしいよ」
『なんか理由ないと特別なもの作れないだろ!』
「まあ、それはそう」
俺は納得したが、ふと思いついて千歳に聞いた。
「逆にさ、千歳が食べたいものとかないの?」
千歳は不思議そうな顔になった。
『え? 最近だいたいいつもそれで作っとるぞ、お前の腹具合によくなさそうなものは抜いてるけど』
「そうなの? 我慢してるものとかないの?」
『我慢してるもの……』
千歳は首を傾げた。
『あ、そういえば、パンとかだな……まあ、小麦はお前の腹具合とはあんま関係ないみたいだが』
「パン? なんで?」
『だって、ワシが飯作るまでずっとパン食ってたんだろ? 出しても飽きて食わないかと思って』
言われてみれば、千歳がパンで何か作って出してきたことはなかった。俺が、千歳に食事の面倒を見てもらい始めるまで、完全栄養食のベーシックパンをずっともそもそ食べてたのは確かだけれど。
「ベーシックパンは普通のパンとはまた違うし……別に普通に好きだよ、パン」
『そうなのか?』
千歳の目の色が明らかに変わった。
『じゃあ、そのうち食パン買ってきてサンドイッチ作るぞ! たまごサンドとか野菜サンドとか食いたい』
「サンドイッチそんなに食べたかったなら、たまにはコンビニとかで千歳の分だけでも買ってくればよかったのに」
『自分で作れば同じ値段で二倍、いや三倍は作れるのに買う気になんてなるか!』
「一理も二理もあるな……」
という流れで、翌日の昼食はサンドイッチになった。千歳(幼児のすがた)が、皿の上に並んだサンドイッチを指さして、いちいち説明する。
『これが普通のたまごサンド、これが玉ねぎ入りのたまごサンド、こっちがきゅうりをマヨネーズで混ぜたの塗ってレタスはさんだサンドイッチだ』
「おおー、にんじんサラダとスープ付き」
もうちょっと盛り付けと食器がおしゃれなら普通に金が取れるな。味も、千歳が作ったならまず間違いはないだろうし。
『スープは残り野菜適当に入れたやつだが、キャロットラペとか言うのはちゃんと作ったぞ』
「いただきます」
二人でサンドイッチをパクつく。
「たまごサラダに玉ねぎって合うんだな」
『キャロットラペもサンドイッチに合うかもしれんな、これもはさんでみればよかった』
「なんかこれスパイス入ってる? 合うもんだね」
『カレー粉用のクミンがちょっと入ってるぞ』
「なるほど」
あらかた食べて、スープをすすっているところで、千歳が言った。
『なあ、食パンとか値上がりするみたいだが、安い時に買うようにするから、ちょくちょく買っていいか? ジャムとかバターつけたやつも食べてみたい、ジャムとかも買わなきゃならんが』
「食べなよ、百均にジャムの安いのいろいろあるよ、多分。トーストにバターとジャム同時に塗ったのとかも甘じょっぱくていいよ」
『いいこと知ってるなお前』
「甘じょっぱいの好きなら、バターとあんこの組み合わせも好きになると思うよ」
『聞いてるだけで最高だな……』
千歳は空に視線をやり、明らかに未知の味を想像しているようだった。俺も感覚が昭和の怨霊に小倉トーストの概念を教えることになるとは思わなかったな、と、なんとなく考えた。ジャムとあんことバターが必要になるわけだが、ジャムは百均が、あんこはゆで小豆の小さい缶詰が、バターはバター風味マーガリンがなんとかしてくれるだろう……多分。