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サブスク除霊挑みたい

 金谷さん(妹)に「ご相談があるのですが、お越し願えませんか?」と個室のある喫茶店に呼び出されたのだが、金谷さんは俺を見てビビった顔をした。正確に言うと、俺の隣の怨霊(女子大生のすがた)(命名:千歳)を見てビビった顔をした。


「そ、その怨霊も、連れていらしたんですか……」


 いや、だって割と遠出だったし、俺の体力的に、出先で動けなくなったらかついで帰る要員がいたほうが安心だし。


「すみません金谷さん、席足りないですか?」

「い、いえ、席は大丈夫です」


 店員に個室席まで案内されて席につき、とりあえずメニューを見て飲み物を頼む。千歳に肩をつつかれた。


『おい、お前コーヒー飲みすぎるなよ、朝こっそり濃いの作ってだろ』

「紅茶にするよ……すみません、アイスティーの氷抜きって頼めます?」

『ここ、甘い物も食べられるのか? チョコバナナサンデーっていうやつが食べたい』

「千歳、ここ、話すために来てるからね?」


 金谷さんは、こちらをなんとも言えない表情で見ていたが、口を挟んできた。


「ええと、その……こちらの経費で落とせますので、大丈夫です。和泉さまも、どうぞご遠慮なく」

『じゃあ、チョコバナナサンデーとストロベリーホイップクレープとシナモンフレンチトーストとメロンクリームソーダ』

「千歳、リップサービスを真に受けない!」

「その、予算は問題ありませんので……大丈夫です、予算は……」


 全員に飲み物が来て、嬉しそうにクリームソーダのアイス部分をつつく千歳を微妙な顔で見つつ、金谷さんは話を始めた。


「その、ですね。その怨霊が大人しい理由は、未ださっぱりわからないのですが、和泉さまの存在が鍵であることは間違いありません」

「まあ、私のことを祟りに来てるってことですからね、千歳は」


 害を加えられるどころか、千歳には世話になりっぱなしなので、全く祟られている気はしないが。七代少なくとも祟るから、体を治して稼いで女見つけて子供作れ、とちょくちょく言われなければ忘れるレベルだ。


「我々は、この怨霊が大人しいなら、下手に手を出さず大人しいままでいさせたいと考えています」

「はあ、水とか塩はもうなしでお願いしたいのは確かですが」


 千歳に変なことをされそうにないのはいいが、いまいち話がつかめない。金谷さんは深々と頭を下げた。


「その節は、本当に申し訳ありませんでした……。そういうことで、私どもは、和泉さまに何かあると困るんですね。今のままの生活を続けていただけると、大変ありがたいのです」

「生活を変える予定とかは、特にありませんけども?」

「その、和泉さまは固定給のお仕事というわけではないので、そういう意味で今のままの生活が崩れる可能性を私どもは危惧しております」


 それを言われると何も言えない。最近多少マシになってきたが、短期的に生活が回るだけで、長期的に見れば不安しかない収入だし。


「フリーランスの宿命ではありますね……体力的にも無理ができませんし、調子崩して収入なしも普通にありえますが」

『いきなり何週間も動けなくなるとかないだろ? 最近平熱になったし』


 チョコバナナサンデーに取り掛かっていた千歳が口を挟んだ。


「そうだと思いたいけど、俺、一度体壊してから、朝起きてみないとその日の体調がわからない世界で生きてるから」


 俺は、萌木さんと千歳以外にはあまり自分の体調不良を話していないのだが、金谷さんたちは俺のことをずいぶん調べているようなので、もうそれくらいわかってるだろう。なので、特に気にすることなく自分との体調について触れた。

 千歳は渋い顔になった。


『ブラック企業って怖いんだな……』

「……まあ、和泉さまも不安定さを感じてらっしゃるということで。そこで、和泉さまの生活の安定のためということで、私どもからいくらか金銭を受け取っていただけないでしょうか?」

「は?」

『え、金もらえるのか?』


 千歳と声がかぶった。


「私どもは、その怨霊を大人しくさせられるなら、それが金銭で可能なら、それが一番だと思っております。なので、私どもの金銭を、今のままの生活を続ける支えにしていただけないかと……」


 つまり、金谷さんたちからお金をもらえるということらしい。しかも、特に何もしなくても。


『おい、よかったじゃないか! たくさんもらって体治して、そしたらそろそろ女見繕え』

「いやいやいや、そういうわけにはいかないから」


 はしゃぐ千歳を抑えて、俺は金谷さんに言った。


「あのですね、確かに、お金はほしくないわけじゃない状況ですが、何もせずにもらうというわけには行きませんよ」


 何もせず人から金を恵まれるのは、やっぱり良くない気がする。あと、もらったところで、確定申告でどういう扱いにすればいいのか困るし!

 金谷さんはあせった顔になって、腰を浮かしかけた。


「何もしていないなんてことは全然ありません、この怨霊を暴れさせていないというだけで、私どもにとっては、いえ、誰にとっても、千金に値するんです!」

「そういうものなんですか?」

「形式や契約はちゃんとこちらで整えますので、どうか受け取っていただけませんか?」

「いや、でもなあ……こないだみたいにちゃんと何かして、その見返りとかならいいんですが……」

『こないだ? ワシも何かすればいいのか?』


 千歳がクレープを頬張りながら言った。


「何かあったら、協力してくれると助かる」

『こないだくらいのことなら、いくらでもできるぞ。あ、でも、あんまり忙しすぎるのはナシな。お前の飯炊きと買い物ができん』


 金谷さんは千歳をぎょっとした顔で見て、その次に俺を信じられないような顔で見た。


「い、和泉さま、この怨霊にいつも食事を作らせているのですか?」

「ああその、いろいろあって、成り行きで作ってくれるようになりまして。助かるから任せてます」

「……そ、そうなんですか……ううん、青年部の人たちにどう説明しよう……」


 金谷さんは頭を抱えてしまった。なんだかいろいろあるらしい。


「あの、千歳は霊能力的な意味でかなり強いほうなんですか?」


 俺は、気になっていたことを聞いてみた。金谷さん(兄)も、俺が千歳と普通に話しているのを見てかなり困惑していたし、ものすごく強い霊に料理ばかりさせているなら、確かに霊能力者たちからは戸惑いの目でみられるかもしれない。

 金谷さんは真面目な顔に戻って言った。


「霊にもいろいろあるのですが、現状として、その怨霊はランクがつけられないレベルとして認識されています。もちろん、強大すぎてです」

「そんなになんですか」

「質と量、どちらも手がつけられないレベルなので……その怨霊は、数え切れないくらいの霊を、素質のある霊が核になってまとめてしまったのが生まれたきっかけなのですが、その核になった霊は、生前から非常に〈そういう〉力が強かったと言われています」


 この間の巨大幼児の霊と似たような経緯なのか。


「どれくらい強かったんですか?」

「最高ランクの素質の持ち主が束になってもかなわない霊を、はたくだけで散らせたとか」

「だいぶレベルが違いますね……」


 霊感なんてまるでないから、半分おとぎ話にしか聞こえないけれど。


「話をまとめると、千歳は大体の幽霊に対して強いんですね?」

「敵う霊がいたら、日本の終わりです」


 俺は千歳に聞いた。


「千歳、こないだみたいなことあったら、また協力してくれるんだよね?」

『何かするのか? ちょっと、このフレンチトースト食い終わってからで頼む』

「今すぐじゃないから。ゆっくり食べな」


 俺は考えた。何かするということで金をもらったほうが気持ちに引っかかりがないし、確定申告もやりやすいし、千歳は霊能力的に強くて、本人も協力的だし。


「金谷さん、その、保証というか……サブスク形式で私たちと契約して、それで毎月いくらか振り込んで頂くというのはどうでしょう?」

「サブスクですか?」


 金谷さんは、よくわからないという顔になった。まあ、追加説明が必要だとは思う。


「そちらに毎月いくらか支払って頂いて、その代わり、大変な霊をどうにかしなきゃいけないときは、いつでも千歳に出向いて対処してもらうということで契約するのはどうでしょうか。交通の足さえ用意してもらえるなら、なるべく私も同行します」

「お、怨霊を単独でぶつけるのはダメです! 暴れたり下手に融合してもっと強くなったりしたら手のつけようがありません!和泉さまは絶対に同行してください! 車は用意いたしますので!」


 金谷さんは泣きそうな顔になった。そんなにやばいのか?


「じゃ、じゃあ必ず同行します……普通、除霊とかお清めって、一回いくらなんですか?」

「え? ええと、大きいものから小さいものまで相当に幅がありますが、形式だけの小さなものでも三万はかかりますね……本当に何か関わっていたら、十万からが最低ですが」

「じゃあ、月十万、千歳と私は、月に三回までその値段で除霊に協力しますってことでどうでしょう。交通費とか、諸費用はまた別で。千歳、月に三回なら大丈夫だろ?」

『たぶん大丈夫だな。いきなり来いとか言われると少し困るが』

「なるべく余裕持ってお願いします、金谷さん」


 金谷さんは、またなんとも言えない顔になった。


「その怨霊でないと対処できない霊が毎月三回も出たら、日本の破滅なんですが……」

「まあ、サブスクはいつでも使える権利にお金払う感じなので、実際にそんなに使うかはまた別ということで」

「確かにそういう面はありますけれど……いいのかなこういうの……用意してる金額からすれば安すぎるくらいだけど……」


 金谷さんは考え込んでしまった。こちらからちゃんと提案はしたから、金谷さんが返事できるまで考えてもらったほうがいいかもしれない。

 時間があいたので、俺は千歳に言った。こういうことは早めにはっきりさせておいたほうがいいと思う。


「千歳、この話OKだとして、働くの千歳がメインだし、俺仲介料一割もらうけど、九割は千歳のだから」


 千歳は、フレンチトーストの最後のひとくちを吹き出しそうな顔になった。


『お前一万しか稼げないじゃないか!』

「だって、俺同行するだけで特に何もしないんだから、そんなにもらえないよ」


 金谷さんも動揺した。


「和泉さまが同行して頂くのがメインポイントですよ!?」

「そういうものなんですか?」

「そういうものなんです! 和泉さまにはもっと受け取って頂きたいですし、私どもはもっと出せます!」

「そうですか……でも仲介料くらいしかもらえませんよ、やっぱり」


「私も仲介料の相場は詳しくありませんが、その……三分の一くらいはいいのでは?」

「じゃあ、三万円くらい?」

「その、私どもはもっと出せますので、五万円足して月十五万円、和泉さまがそのうち五万円というのはいかがでしょうか?」

「そんなにいいんですか?」

「まったく問題ありません」

「じゃあ、すみませんがそれでお願いします」


 その後は契約上の細々した話に移った。金谷さんの実家の神社と俺との契約になるそうだ。移動などにかかる諸費用も全部金谷さんの実家持ち。形式としては、俺が金谷さんの実家のパンフレットの文章を監修して、取材にも出向くことがある、となる。そういうことなので、俺の仕事用メールアドレスと振込先の口座も教えた。


「今晩にでも契約書を作ってメールをさせていただきますので、すぐご了承いただいて署名して返信をいただければ、今月分について、明日の午後には振り込めます」


 スピード感がすごい仕事っぷりだ。これまでWebライターとして受けた仕事を思い返すに、レスポンスが早く、契約の内容をしっかり詰めていて、金の支払いも早いとなると、相当な優良顧客だ。ケチをつける要素がない。働くのは俺じゃなくて千歳だが。


「わかりました、よほど何かない限り、明日の朝イチまでに返信します」

『別に何もないだろ? 夜すぐ返事しろよ』


 クリームソーダの残りの氷をスプーンでつついていた千歳が言った。


「いつだって想定外のことは起こるし、特に俺の体調は想定外が起きやすいんだよ」

『まあ、突発的に寝込むのはちょくちょくあるか』

「明日もし寝込んだら、図書館の本返すのお願い」

『返却ポストに入れとけばいいんだよな?』

「そう」


 金谷さんは、俺と千歳が話すのを困惑した顔で見ていたが、千歳に顔を向け、おれの方にも顔を向け、そしてもう一度千歳の方を見た。


「そ、そのう……千歳、さん」

『ん? なんだ?』

「その……千歳、さん、は、今、誰かを祟ったりとか……人を害したりとか……する気はないんですか?」


 いかにも恐る恐るといった感じで、金谷さんは言葉を口にした。千歳はきょとんとした顔になった。


『え? 今はこいつを祟ってるし、それで手一杯だな。少なくとも七代祟るつもりで出てきたのに、放っといたらこいつで末代だから、いろいろ世話しないとならんし』


 ……俺から代が続くかは相当微妙なんだよなあ。祟られてる気は全然しないけども。助かることばかりだけども。


「……祟ってるんですか……今の状態で……」


 金谷さんは、どうにも形容し難い表情になった。思えばこの子の明るい顔を見たことがない。年格好だけで言えば、今の格好の千歳と一緒にパフェつついてて全然違和感ないんだけど。

 実際にはパフェなんて頼んでおらず、硬派にアイスコーヒーしか頼んでいない金谷さんは真面目な顔に戻って言った。


「では、すぐ契約書作製にかかりますので、これで。今日はご足労いただき、ありがとうございました」

「ああ、こちらこそありがとうございました。千歳、帰ろう」


 喫茶店を出て金谷さんと別れ、バス停までぶらぶら歩く。千歳は嬉しそうだった。


『月五万円はでかいな! 貯金するのか?』

「基本はそう、臨時出費にも備えたいし」

『臨時出費って、例えば何だ? そんなに高い臨時出費あったか?』

「うーん、電子機器っていつ壊れるかわからないから、それ対策をしておきたいんだよね。だって、俺のスマホとパソコンと千歳のタブレットが同時にイカれたりしたらものすごく困るし、修理にしろ買い直すにしろ大出費だろ?」


 千歳は眉根を寄せた。


『タブレット、お前が金出すのか?』

「え? ないと千歳困るだろ、レシピ調べるのに動画見るのに通話するのにラジオ聞くのにニュース見るのに、いろいろ使ってるじゃん」

『いや、ワシにも十万入るわけでな? 前の四十三万もそんなに手を付けてないし』

「あ、そうか、じゃあタブレットに何かあったら千歳持ちでいい?」

『ワシから出すが、修理の仕方も新しいの選ぶのもさっぱりわからんから、お前その辺は頼むぞ』

「うん、なるべく安く上がるように調べるよ、一番は壊れないことだけどさ」


 千歳は自分でタブレットの費用払うつもりな訳だけど、自分としても、いつでもタブレットくらいの出費があっても大丈夫な稼ぎを維持したい。経済的余裕があるのはずいぶん精神にいいし、世の中何があるかわからないし、千歳には世話になってるから、必要な時は俺ができるだけのことをできるようにしておきたいし。

 そんなことを思っていると、千歳が不思議そうに聞いてきた。


『そういえば、サブスクってどういう意味だ?』

「今さら!?」

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