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お前の眠りをなだめたい

「おかしいな……いやこれが普通ってものなんだけど……おかしいな……」


 体温計をにらみつつ、俺はつぶやいた。


『また何悩んでるんだ、熱でも出たのか?』


 怨霊(黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)が体温計を覗きこんできた。


「いや、至って平熱なんだよ」


 最近微熱っぽさがほとんどないので、ふと体温を測ってみたら、完全なる平熱だったのだ。思い返せば動悸も治まっていて、悪夢も最近ほぼない。眠りがちゃんと安らぎになっている。

 千歳は、なんだ、という顔になった。


『じゃあ別にいいじゃないか』

「だって、普通に平熱になる心当たりがないんだよ……怖いんだよ……」

『めんどくさいなお前……』


 千年は眉を寄せて腕を組んだ。


『まあ、調子いいってことだろ? ここしばらく、よく眠れてるからじゃないのか?』

「うーん、確かにそれはあるかも。寝るのって本当に大事……」


 納得しかけて、俺は気づいた。


「俺、この所いい感じに眠れてるって言ったっけ?」

『いや、言ってないが』

「なんでわかったんだ? 俺寝てる時なんか変?」

『変といえばいつも変だぞ、寝入ってからしばらくしたら、必ずむにゃむにゃ寝言言うし』


 ……悪夢を見る時、夢の中では苦しくてうめいたり叫んだりしている記憶がある。ワクチンの副反応で酷い悪夢をみた時は明確にうなされていたわけだし、俺は悪夢を見ているときは寝言を言っているんだろうか。いや、だとしてもおかしい、ここ最近悪夢が消失しているのに。


「最近悪い夢見ないんだけど、それでも寝言言ってるの? 俺」

『あ、あの寝言やっぱりうなされてたんだな。毎回なだめといてよかった』


 ……なだめる?


「え、何? 俺が寝言言ったら、千歳何かしてるの? なだめるってどういうこと?」


 千歳はきょとんとした顔になった。


『いや、背中さすったり、仰向けの時は肩さすったり……頭なでるのも効果あるぞ』

「さ、さする? てか、頭なでる!?」


 何? つまり俺は寝るといつも寝言を言っていて、寝言を言うということは多分夢見が悪くて、千歳はそれを見ると毎回、寝てる俺をさすってなでてなだめてるということ?

 千歳は、こともなげに言った。


『一度なだめたらあとは大人しいから、その後ヒマなんだ。ヒマすぎてちょくちょく寝てたから、最近ラジオ聞けるようになってよかった』

 俺は信じられない思いで千歳の言葉を聞いていた。


「え、え、いやちょっと待って、千歳、毎晩俺のことさすったりなでたりしてるの!?」


 なでてなだめられないとちゃんと眠れないとか、幼児か俺は! ものすごく恥ずかしい。千歳に、こいつはなでさするとなだめられる、と思われて実際その様子をめちゃくちゃ見られてるのも、なんかものすごく恥ずかしい!

 千年は口をとがらせて言った。


『だってお前、寝るといつも寝言言うし、ワクチンで調子崩したのが治っても寝言言うから、最初はうなされてるのかと思って起こそうかと思ったけど、だいぶ夜中だったから起こしてもまた調子悪くなるかと思って、寝かしたままなんとかできないかと思って触ってたら大人しくなったから』

「そ、そんなことが……」

『なんだ? なんかまずいことでもあるのか?』

「いや、まずいことは特にないんだけども……むしろ、ものすごく役に立ってるんだけども……」


 最近の調子を見ると、なだめてもらうと安らかに眠れて、大変に体調の改善に効果があることは疑いようがない。つまり今の俺にはなでてなだめられることが必須というわけであり、なんかさらに恥ずかしい。


「毎回なだめてくれてるのか?」

『毎回寝言言ってるからな』

「そ、そっか……」

『しかし、お前いつもうなされてるのか? いつからうなされてるんだ?』

「ブラック企業はさ、人を壊すんだよ」

『そ、そうか』


 悪夢の内容自体は人生の嫌だったこと全部乗せリサイタルだが、悪夢を見るようになったのは明らかにブラック企業勤めが原因だ。

 いや、問題はそこではなく。なだめられるとよく眠れて調子がいいということは、なだめられないとまた毎夜の悪夢からの睡眠不足からの微熱と動悸が考えられるわけで。


「千歳……」

『なんだ?』

「毎晩みたいだから悪いんだけど、これからも俺が寝言言ってたらなだめてくれませんか……」


 恥を忍んで言うと、千歳はあっさり了解した。


『おう、いいぞ、ちょっとさするだけだし』


 たぶん、千歳は俺がものすごくきまりが悪い思いをしてるのはわかってない。いや、わかられてもそれはそれで恥ずかしいんだけども。


『しかし、今はよくても、ずっと続くと困るぞ』

「あ、やっぱ続くと千歳めんどくさい? どうしようかな……」

『いや、そういうことじゃない』


 千歳はひらひらと手を振った。


『お前、体治して稼いで女見つけても、女だって寝るだろうから、そいつにいつもなだめてもらうわけにはいかないだろ?』


 そっちかよ。そんなに何もかもうまくいかないよ。


「そんなすぐ体治んないし、結婚して子供作れるほどすぐ稼げるわけでもないし、そもそも相手がいないし」

『探せ! 女作れ! 体治すのと稼ぎよくするのと女探すのと、別に同時進行でもいいだろ!』

「体がいくつあっても足りないよ! 人の半分働けるかも怪しい体力なのに!」


 俺が抗議すると、千歳は考え込んだ。


『まあ、まだ先の話か。寝言言い出すの待ってさするだけだから別に手間かからんし、ワシが女には姿隠してそばでゴロゴロしてればいいのか』

「それは勘弁して、いろんな意味で……」

『なだめないほうがいいのか?』

「……俺一人の時は、どうかよろしくお願います……」

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