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まともなものを食わせたい

『お前、体を治すには規則正しく生活してちゃんとしたもの食べるしかないと言ったじゃないか』


 俺を子々孫々まで祟ると言って現れて、俺が子孫を残しそうにないので俺に子孫を残させる方向にシフトした本末転倒の怨霊が言う。

 俺はささやかな朝食を食べる手を止めて答えた。


「言ったけど」

『ダンボールに入ったパンしか食べてないじゃないか!! 何がちゃんとしたものだ』

「これはベーシックパンって言って、完全栄養食で栄養が取れるのにコンビニ飯より安いんだよ、自炊する体力のないヘボに最適なんだよ」


 悪霊は訝しげな顔をした。


『信じられん』

「信じて、事実だから」

『うまいものなのか? なんでも入ってるというと味が濁りそうだが』

「……まずくはない、程度」


 別に嘘は言っていない。まずくはない。ただ、毎日毎食食べ続けるとなるとかなり辛い味で、最近では舌の感覚を殺して食べている。


『お前なんか無理してないか?』

「別にしてない」


 続きのベーシックパンを頬張ってインスタントコーヒーで流し込む。


『いやお前やっぱり無理してるぞ! たまにはまともなものも食え!!』

「金がかかるし、人間強度が下がるから食べない」

『……人間強度ってなんだ?』


 こいつの感覚や語彙はあんまり新しくない。新しくても人間強度がわかるかはまた別の問題だが、この世のどんな人間でも子孫を残すものだという感覚が現代のものかと言われると、うなずきかねる。


「人間は贅沢を覚えたら戻れなくなるくらいの意味」

『別にものすごく高いものじゃなくて一汁三菜食えって話だ! お前、俺の財産があるだろ!!』

「奨学金返したら10万も残らなかったし、残りはもしもに備えて貯金」

『くそっ倹約家め』

「じゃあ、そろそろ俺仕事するから」


 テーブルの前の椅子からパソコンデスクまで移動五秒。職住近接にもほどがある。


『あの萌木とか言うのからの仕事は終わったんじゃないのか?』

「終わったけど、あの量だけじゃとても暮らしていけない。俺の調子見て、やる余裕があればなるべく単発のを受けてる」

『どうやって受けるんだ?』

「ポートフォリオサイトのメールに直接来ることもあるけど、スキルシェアサイト通じて探すほうが断然多いかな」

『ポートフォリオ? スキルシェアサイト?』

「……ポートフォリオはやってきたことやできることのまとめで、スキルシェアサイトっていうのは技能集団の仕事探し寄り合いみたいなもの」


 案の定メールには何も来ていないので、スキルシェアサイトを見る。流石に初心者は脱しているから、中級以上の記事単価のものに目を通していく。


『求人票が集まってるようなものなのか』

「そんな感じ」


 できそうな案件のページを片っ端から開いて、隅々まで目を通していく。俺が明るい分野の案件があればありがたいのだが、物事はなかなかそう上手くはいかない。


『おい、これやれ! これいいぞ!』

「何?」


 怨霊が画面を指すのを見ると、ミールキットの紹介記事をいくつか書くという案件だった。


「……できなくはないけど、こういう案件にしては値段低めだな」

『ミールキットって、ミールは食事のことだろう? 飯だろう?』

「料理用の食材キットってところかな」

『体験用に1回分提供って書いてあるぞ』

「………」


 確かにそう書いてあった。記事単価を中心に見ていたから気づかなかった。3日分のミールキット付きなら、ミールキットの値段を考えると、たしかに割のいいほうかもしれない。


『これやれば金も食事も手に入るんだろう! これやってまともなもの食え!』

「他のも検討してからな」


 開いたページは全部見たが、できるものはあれど、ぱっとしないものばかりだった。応募しても採用とは限らないから、ここからもひとつふたつ応募しておくことにはするが。


「……ミールキット案件も応募するか」

『おお! これでお前まともなもの食うな! 体治って稼いで子孫繋ぐな!!』

「そこまで物事は爆速でいかないから」



 ミールキットの案件に無事に採用され、二日後には体験用ミールキットが届いた。最近インスタントコーヒー用のお湯を沸かすことしかしていなかったワンルームのささやかな台所にも活躍の機会が来たようだ。


『おお! 本当に火が出るんだな今の台所は!』

「あんた、いつの時代の怨霊なの?」


 最新の台所だとオール電化でむしろ火が出ないのだが、たぶんこの怨霊には言っても通じないだろう。


「鮭の切身フライパンで焼いて、野菜は切ってあるからそのまま入れて、後は別添のソース入れて蒸せばいいのか」


 ガスコンロの火をつけたり消したりしている怨霊が言った。


『この台所、おもしろいからワシにやらせろ』

「ええ? 火の加減とかできるの?」

『薪のくべ方で火を調節するのに比べたら、赤子の手をひねるようだぞ』


 怨霊は胸を張った。見た目は黒くて毛羽立った一反木綿なので胸がどこかと言われると困るのだが、胸を張るような仕草をしているのはなんとなくわかる。


「あんた、いつの時代の怨霊なの?」


 たしかに、いちいち火をおこしていた時代からしたらガスコンロは夢のように簡単だろうけども。


「まあやってくれるのは助かるけど……説明よく読んでその通りにやってよ」

『任せろ、ここにあるもの全部料理してやる。全部食べて体を治して稼いで子孫を繋げ』

「これ3日分だから。一度に作られても食べきれないから」


 驚くべきことだが、怨霊は初めて使うガスコンロでまともに料理ができた。久々にテーブルに料理の皿を並べた。

 ミールキットなので、味は保証されていて当然なのだが、ひとくち食べて思わず唸ってしまった。久々のまともな食事なのだ。


「……人間強度が下がっちゃうな……」

『うまいのか?』

「おいしい」

『ワシの手にかかれば当然だ!』


 怨霊はまた胸を張った。その後もおいしいと言っておだてたらミールキットを全部作ってくれた。この間は布団を干しておいてくれたし、おだてたらもうちょっと家事をしてくれるのかもしれない。

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