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番外編:親しく話す前の話

 〈そういうこと〉で便利に使われる時以外は、いつも閉じ込められていた。〈そういうこと〉で使われる時も、遠巻きにたくさんの人間から眺められ、たくさんの言葉を浴びせられた。


「あれが朝霧家の切り札か?」

「人外には人外の力が宿るんだな」

「本当に、男とも女ともつかん」

「一代限りなのがもったいない」

「孕むことも孕ませることもできないからな」


 〈そういうこと〉でやること自体は楽だった。ちょっと手で払うだけで、どんな霊も降参してしまった。消し飛んでしまうことすらあった。

 だから、外に出られる〈そういうこと〉があるのが楽しみだった。けれど、外に出られるくらいの〈そういうこと〉が起こる時は、たいてい周りの人は困り果てていた。そいつらには、もう手のつけようがないくらい大変なことなのが常だったから。

 食事や着替えを持ってくる役目をずっとやっている、桃も、〈そういうこと〉があると暗い顔をしていた。


「明日、またお仕事ですよ。今日はお風呂ですからね」

「風呂は好きだけど、また髪も結わなきゃダメなのか?」

「ダメですよ、そんなざんばらの髪じゃ。きれいにしてください。見た目が良くなきゃ、誰にも信用してもらえませんからね」


 男とも女ともつかない体に生まれて、そのせいで閉じ込められていることはわかっていた。〈そういうこと〉に向きすぎた強い力があるから、食べさせてもらえているだけだ。

 格子の間から、ずっと人を眺めていた。格子の外の人々は、何でもできていいなと思っていた。格子の外の人々は、いくらでも他の人と自由に離せて交われる。自分も、そうしてみたかった。桃が自分と話してくれるみたいに、いろいろな人と話してみたかった。


「外はもう桜が咲きましたよ、枝は持ってこられませんけど、香りだけ。桜の葉の塩漬けでくるんだお餅です」

「あんこが入ってる! 甘い!」

「ご本家さまにはよくしていただいてますから、またお菓子持ってきますよ」

「うん!」


 流れる季節は全部桃が教えてくれたし、好きな物も全部桃が持ってきてくれた。

 でも、桃はある日いきなり来なくなった。知らない人間が代わる代わるに食事を持ってくるようになった。桃はどうしたのか聞いたが、誰に聞いてもまともに話をしてくれなかった。

 桃に会えなくて、誰とも話ができなくて、悲しくてたくさん泣いた。〈そういうこと〉がずいぶん長く起きなくて、着替えもほとんど差し入れられなくて、体を拭く水や布もなかなか持ってきてもらえなくて、髪に櫛もいれられなかったし、垢じみたボロボロの格好になってしまった。

 ある日、格子の外での人々の会話を聞いた。


「桃は、完全にご本家さまのお手つきかい?」

「まあねえ、もう戻ってこないみたいだし」

「孕んだって聞いたよ?」

「産めば妾くらいにはなれるかもねえ、あの子も素質はあるから、子供もかなり力があるかもしれない」


 それからたくさん時間が経って、もうすぐ〈そういうこと〉があるから、風呂に入れと格子の鍵が開けられた。いつもは大人しく風呂まで行くだけだったけれど、その日は渡り廊下の途中で、風呂とは違う方向に駆け出した。前の〈そういうこと〉でご本家を見たことがあったし、屋敷のどの棟にいるか、人の会話からなんとなく知っていた。

 ご本家のところに行けば、桃に会えるかもしれなかった。


「桃! 桃!」


 今まで言われたことに逆らうことなんてなかったから、周りはびっくりしていたが、すぐ追いかけてきた。


「ちょっと! 感づかれたか!?」

「桃を探してるのか!?」

「おい、会わせるわけにはいかんぞ!」


 なんとか振り切って、ご本家がいるらしい棟に駆け込んだ。


「桃! どこだ?」


 あちこちの部屋を開けて調べていたら、悲鳴が聞こえた。聞き覚えのある声だった。

 振り向くと、桃がいた。小さな赤ん坊を抱えていた。


「桃!」


 桃に駆け寄ろうとしたが、桃はさらに悲鳴を上げて赤ん坊を抱きしめた。


「来るな! なんであんたがここに来るのよ!」

「桃……?」

「殺されるってわかったな! この子を殺しに来たんだろう!」

「な、なんで、どういうこと……?」

「この子の力があれば、あんたなんてもう用済みなんだから! 近づくな!」

「桃、どうして、なんで」


 一歩踏み出そうとした時に、背中に衝撃が走った。背中から腹に、何かの刃物が突き出ていた。

 振り向くと、ご本家がいた。


「桃! 無事か!」

「ああ、ご本家さま!」


 痛くて苦しくて、すぐに倒れてしまった。目がくらんで何も見えなかった。


「大丈夫ですか、ご本家さま?」

「なんのことはない、どうせ明日には殺すはずだった。情をかけて身綺麗にしてやろうとか言い出したのはどこの誰だ」

「始末は大丈夫なんですか?」

「こいつの力が暴走して、やむなく殺したことになるよう手を回してある、それが今になっただけだ」


 何で? 桃、何で?

 今ボロボロで汚いから嫌いなの? また前みたいに話してくれないの?

 その小さい赤ん坊は何? 桃の子供なの? ご本家さまの子供なの?

 桃は子供ができたから、もう前みたいに話してくれないの?

 子供が大事だから、もう前みたいに話してくれないの?


 気がつくと、なんだか暗いところにいた。小さい子供の泣いている声や、若い女の泣いている声がたくさん聞こえた。周りに黒い小さな塊がたくさんあって、触るとふわっと自分の体に馴染んで吸い込まれた。触るたびに、いろいろな気持ちとたくさんの記憶が流れ込んできた。続けていると、自分が薄まって、なんだかよくわからなくなってしまった。お腹が空いたとか、熱が出て苦しいとか、こんな仕打ちはもう嫌だとか、絶対に許さないとか、黒い気持ちだけがたくさんあった。


 気がついたら、どんな姿にでもなれるようになっていた。男とも女ともつかない体だったのに、男にも女にもなれた。子供にも大人にもなれた。たくさんの体の記憶があったから、細かい作りをいくらでも似せられた。


 たくさんの人の前に出て、たくさんの人を見た。どの人を見ても、楽しそうに会話している姿がうらやましかった。どの人に会っても、自分の子供は大事そうだった。人は、誰かと話して親しく交わることと、自分の子供を作って子孫を繋がせることがとても大事なんだと思った。だから、どっちもぐちゃぐちゃにした。何度もぐちゃぐちゃにした。


 そのうち、〈そういうこと〉に強い人間がたくさんやってきて、自分を何かに閉じ込めて、知らない場所に引きずってきた。そこからずっと動けなかったけれど、たまに、黒い小さな塊が放り込まれることがあった。どれも、触ると自分に馴染んで溶けていった。どの塊も、辛い記憶と黒い気持ちではち切れそうだった。


 そんなことが続いて、黒い気持ちでいっぱいになった。自分を傷つける者は絶対に許さないと思うようになった。そういう奴は、絶対に大事なものを傷つけてやろうと思うようになった。

 人は、誰かと親しく交わって子供を持つことが大事なんだと言う気持ちだけは、なぜか残っていた。

 子供がいたらぐちゃぐちゃにしてやるし、その子供も、更にその子供も、その先の子供も、ずっと先の子供も、ぐちゃぐちゃにしてやると思った。


 そして、ある日、閉じ込めているものが少し崩れて、痛い思いをした。なぜか自由に動けるようになったので、早速、痛い思いをさせたやつの前に化けて出た。そいつが大事だと思うものを、子供を、子孫を、全部ぐちゃぐちゃにしてやると思った。


 ……相手に、「多分俺で末代」と言われて、どうしていいのかわからなくなり、何とかそいつに子孫を残させようと奮闘するのは、もう少し後のことになる。

ファーストシーズンこの話で終了です

次回から何事もなかったようにセカンドシーズンです

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