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切れる刃物で作りたい

 仕事が一段落したので、インスタントコーヒーを淹れに台所に行ったら、怨霊(女子大生のすがた)(命名:千歳)が包丁を片手に何やら考え込んでいた。今日のメニューに悩んでいるんだろうか。


『おい、今思ったんだが』

「何?」

『お前、料理できないのかと思ってたけど、別にそういうわけじゃないのか?』

「どうしたの、いきなり」

『いや、思い返したら、この台所、そこそこ調理器具があるなと思って』

「そう?」

『だって、飯作るのに、これまで道具買い足す必要なかったぞ』

「ああ……」


 小鍋に水をくんでインスタントコーヒー用のお湯を沸かしながら、台所をざっと見回し、揃えているものを思い返す。包丁とまな板とフライパンと深い鍋と中くらいの鍋と、今使っている小鍋と、お玉と菜箸と、あとフライ返しと食器類。それから家電として炊飯器と電子レンジか。買えるものはできるだけ百均で揃えたら、包丁が驚くほど使い物にならなかったので、結局買い替えた苦い思い出がある。

 千歳が包丁から目を離して俺の方を見た。


『ダンボールに入ったパンしか食ってなかった奴とは思えないぞ』

「ああ……まあ、確かにそうかも」


 千歳と会ってすぐは、ベーシックパンを食べるところしか見せてなかったわけで、ものすごくインスタント食品な暮らししか出来ない人間に見えたかもしれない。実際、ここ二年ほど、ベーシックパン時々インスタントコーヒーで過ごしてたわけだが。

 俺は言った。


「自炊のほうが安く上がるから、学生の時はなるべく作ってたよ。簡単なものばっかりだけど」

『へえ、何作ってたんだ?』

「えーと、野菜炒めとか、野菜たくさん味噌汁とか、ポトフとか具だくさんトマトスープとか。後は適当に肉か卵焼いてご飯つけておしまい。面倒くさいときは全てを豚汁に融合してた」

『割とやるな』

「そう?」

『だから調理器具あるのか』

「ここ何年か、全然使えなかったけどね」


 ブラック企業勤めには自炊する余裕なんてなかったし、体壊してからは買い物して食材を管理した上で料理を作る体力がなかった。在宅でWebライターの真似事を始めてから、インスタントコーヒーを切らさないようになったが、使うのは小鍋だけだ。

 千歳は包丁を触りながら口をとがらせた。


『なあ、昔は料理してたなら、砥石もないか? どっかにしまい込んでないか?』

「いや、砥石は流石にないな……何? 包丁研ぎたいの?」


 さっきから包丁を気にしていたのは、切れないからか。


『研ぎたい。皿の裏で研いでごまかしてたけど、いい加減切りにくい』


 千歳はぼやいた。


「包丁って皿の裏で研げるんだ?」

『一時しのぎだぞ。それにすごく研ぎにくい!』

「うーん……」


 マグカップのインスタントコーヒーにお湯を注ぎつつ、俺は悩んだ。

 素直な心情としては、砥石くらい買ってやりたい。食事でずいぶん世話になってるし、何か仕事をしてもらう上で、適切な道具を用意できないってすごくダメな気がするし。ヘボスペックノーパソしかないのに死ぬほどの仕事押しつけ続けてきたブラック企業の人間たちはダメの極地だと思っているし。

 でも、砥石っていくらだ? 買う余裕あるか? 食費の余裕は千歳がお菓子買うのに充ててほしいから、俺が臨時出費として出したいが、あまり高いと流石に出せない。この間、冒険して自分の仕事の相場を上げて、これまでの客は割と離れたが新規客層もそれなりに拓けて、収支ではトントン、実はほんの少しだけ上がったが、でもほんの少しだし。

 ……いや、とりあえず値段を調べよう。高すぎたら、千歳には悪いがしばらく皿の裏で包丁研いでもらおう。


「ちょっと待って、砥石の値段調べてみる」


 俺はマグカップを持ってパソコンの前に戻った。千歳も包丁を台所においてついてきた。


『え、買うのか? いいのか?』

「買える値段なら買うよ」

『インターネットの通販でいいのか? 変なもの来ないか?』

「うーん、ホームセンター遠いし、バス代考えると、送料払ったとしてもそんなに値段変わらないしさ……今のネットは品物の評判も見れるから、それもふまえて判断するよ」


 [砥石 安い おすすめ]と検索窓に打つ。テンプレートのようなランキング記事も、値段の相場を知ったりAmazonの品に当たりを付けたりするには、けっこう役に立つ。Amazonや楽天では、品物の評価もかなり豊富に見られるし。


「値段ピンキリだなあ。包丁研ぎ器も同じジャンルであるのか。シャープナーとも言うんだな」

『えらくシャレた呼び方だな、時代の変化について行けん』

「研ぎ器のほうが安めだけど、挟んで擦るのは切れ味長持ちしないのか……どうするかな……」


 安いものがいいが、どうせ買うならしっかりした品がほしいジレンマ。そのうち、研ぎ器の中に、千円しないシャープナーを見つけてぎょっとした。よほどちゃちいのかと思ったが、意外にもかなり評判がよい。たくさん買われているのは安さゆえかもしれないが、コツはいるものの、ちゃんと研げてよく切れるようになるようだ。挟むタイプではないので、おそらく包丁の切れ味も長持ちするだろう。

 少し椅子をずらして、パソコンの画面が千歳によく見えるようにする。


「これどう? 千歳なら使える? 砥石置いて包丁研ぐっていうより、包丁を砥石でなでて研ぐ感じだけど」

『うーん、初めて見るが、トマトか何か切りながらやれば、すぐやり方はつかめると思うぞ』


 千歳は皿の裏でも包丁を研げるわけなので、多少の応用は効くようだ。


「じゃあこれ安いし、ポチろう。明日には来るよ」

『通販で!? 早いな!』


 千歳は、感覚がだいぶ昭和なわけだが、昭和に通販ってどれくらいあったんだろうか。それなりにあったとしても、注文してから品物が届くまでにはかなりかかっただろうから、たしかに明日来るのは早いのかもしれない。


「まあ、これが現代で令和だよ。明日って言っても、夕方か夜くらいになるかな。それまで皿の裏でなんとかして、悪いけど」

『おう、なんとかする』


 シャープナーは、意外と早く、翌日の昼過ぎには来た。千歳は、夕飯の支度前に来てよかったとはしゃいで、早速包丁を研ぎ始めた。

 ……よく考えたら、刃物研いでる怨霊ってめちゃくちゃ厄い存在かもしれない。本人は料理のことしか考えてないけど。

 その日の夕飯には、トマトをものすごく薄く切ってたくさん使ったサラダが出た。包丁はちゃんと研げたらしかった。

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