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番外編 神官、金谷司の話

 妹と違って、自分の「そういう」能力は弱く、感知はひときわダメだ。とはいえ神社に生まれたから、儀礼だけを学んでの神官をやるはずだったのに、どうしてあの怨霊を大人しくさせ続けるための集団の頭領になっているのか。

 若い世代に、怨霊を消滅させるのではなく大人しくさせ続けるほうがリスクが少ない派が多くて、自分も20代とこの業界では若いけれど生まれた家のせいで顔だけはかなり広いからだが!


 あの怨霊は、世に恨みを持って死んだ者をまとめて祀っていた所に、情念が濃ければ濃いほど力を増すタイプの霊を混ぜてしまって、取り返しがつかなくなったのが生まれたきっかけだ。

 由来としては江戸に遡る。生類憐れみの令は、捨て子も禁止する令だったが、逆に言うと当時は子捨てがひどかった。捨てられて誰からも顧みられることなく飢えて死んだ数え切れない子供たちや、売られて病気や栄養失調で死んだ女達を弔う小さな祠がもともとのベースだった。

 そこにまずいものを合わせてしまった。力が強すぎて暴走し、本家筋が金を積んでなんとか殺した「そういう」能力者がいたのだ。墓も作ってもらえないことで心ある人たちから憐れまれて、無辜で死んだ者と一緒に扱われて同じ場所に弔われてしまった。

 死んでより力が強くなるタイプだったので、恵まれない霊たちの情念を吸って、とんでもない怨霊が出来上がってしまった。その時点で、適切な処置を打たず放っておいたら無差別に何百年も祟るレベルだった。危険すぎるので、出来得る限りの封印をして、祠ごとなんとか片田舎に移したが、消し去ることはついにできなかった。

 それでいて、危険な者は分散するより、ひとところにまとめたほうが管理しやすいので、何かあると、どんどん同じ所にまずい者が入れられてしまい、継ぎ足し継ぎ足しで、怨霊としてよけい手がつけられなくなってしまった。

 記録が確かなら、昭和まで継ぎ足しが続いている。今、洗える限りあの祠に封印した(表向きは祀った)者を洗っているが、かなりいろいろな背景を持った人間が出てきているものの、世に恨みを抱えていそうなことは共通しており、頭を抱える情報ばかり出てくる。


 そんな怨霊が、祠による封印が解かれたというのに、現状大人しいことが不気味すぎる。大人しい理由がわからないから、いつ平穏が破られるかもわからない。

 怨霊が大人しくしているカギと思われる男性が、いることはいる。その男性は、自分たちに協力的であり、それは助かるが、その男性にも怨霊が大人しい心当たりがまったくないと来た。

 怨霊と男性は一緒に食事を取っているそうだから、それが供物という扱いで怨霊を祀っていることになるのかもしれないし、祀り続けることは怨霊を神格化し浄化する手段ではある。しかし、それは千年やってようやくという話だ。数ヶ月かそこらでどうにかなる話ではない。


 ……自分は、考え事をしたい時は、あてもなく散歩するタイプで、考え事をしていると、とてつもなく長く歩くタイプだ。気がついたら、相当遠くの駅前まで来ていた。流石にのどが渇いた。

 飲み物でも買おうと目についたコンビニに入り、……「そういう」強い気配に、その時になって気づいた。感知が弱すぎる自分に歯噛みする。しかし、あたりを見回してもそれらしい存在は見当たらない。昼下りのコンビニには店員と自分と、男女二人連れの客しか……。

 ……二人連れの、男の方の顔に見覚えがあった。そして、気配は女の方から強く立ちのぼっていた。

 男の方、和泉豊がこちらに気づいた。


「あれ!? お久し振りです金谷さん」

「お、お久し振りです……こんな所でお会いするとは」


 よく考えたら、彼の住所ではここの駅が最寄り駅だ。こんなところも何もない。和泉は不思議そうに聞いてきた。


「近所にお住まいなんですか?」

「いえ、たまたまこちらに来まして……その」


 あなたの、その隣の娘はあの怨霊なのか、と聞きたかったが、人目があるところでそういう話をするべきではないと叩き込まれている身なので、ためらった。

 しかし、妹から話には聞いていたし、彼の身辺を調べて、怨霊が人間に化けてあれこれしていることは予想がついていたが、こんなに化けることができるのか。

 娘のほうが和泉に聞いた。


『知り合いか?』

「うん、こないだ折り詰め持って帰ったろ、あの時一緒に食事した人」

『ワシらに水と塩かけてきた、あの女の兄弟だったか?』

「まあ、そう」

『またいくらか包んでくれるなら、水被ってもいいぞ!』

「そういう仕組みじゃないから、千歳」


 一族や拝み屋の中でも特別に「そういう」能力の高い妹が、大きな案件の直後に急行してこの怨霊に対応しようとし、拝み屋として現状使いうる最高の手段で挑んだわけだが、怨霊の方はこの反応である。効果に乏しいどころではない。

 無難な言葉をなんとか選んで、自分は口を開いた。


「……和泉さま、その……よく、そちらと二人で出かけてらっしゃるのですか?」

「え、ああ、私はそんなに外出するわけじゃありませんけど、外出るときはだいたい千歳に……、その、うちの怨霊についてきてもらってますね。私が疲れやすいから、付き添いがいると安心なので」


 千歳。そう言えば、会食の際にも和泉は通話先にそう呼びかけていた。自分が不思議な顔をしていたのか、和泉は付け加えるように言った。


「あ、千歳っていうのは私が勝手につけた名前です。呼ぶ時、名前がないと不便なので」

「そ、そうですか」


 怪異に名前をつけることは、怪異を調伏する第一歩ではある。しかし、和泉は特に「そういう」能力はないので、一歩踏み出した所で、それ以上何かできるわけではない。なぜこの怨霊は大人しいのか。目の前にしても、さっぱりわからない。娘がせがむように言った。


『なあ、会計してきていいか?』

「いいよ、チョコミントコロンでいいの?」

『いつものスーパーにない菓子だからな!』

「じゃあ、臨時出費ってことで俺の財布からでいいから。ほら」

『わかった!』


 娘の姿をした怨霊は、和泉から財布を受け取っていそいそとレジに向かった。やり取りを見るに、和泉は怨霊と財布を分けていて(怨霊が金を稼ぐ手段があるとは思えないから、怨霊がある程度自由に使える金とともに財布を渡していると考えられる)、たまに自分の財布から怨霊のために菓子など買っているようである。相手が怨霊でなければ、ずいぶんほのぼのとした関係だと思うが、相手は怨霊なので、そんな関係になっていることに困惑しかない。

 なんとか無難な言葉を選んで、疑問を口にした。


「……どうやって、あの相手とそこまで関係を構築したのですか?」


 和泉はきょとんとした。


「え、いや、どうやってというか……成り行きというか。私の世話をいろいろ焼いてくれるので、まあ、こっちもできることはやろうと」

「そ、そうですか」

「いろいろ働いてるのに、礼がない、ご褒美もないはきついでしょう」


 和泉の経歴を思い出す。相当に劣悪な労働環境と人間関係の中で働いていた過去があるらしい。今の言葉は、実感のこもったものなのだろうか。


『おい、まだ話続くか?』


 娘に化けた怨霊が、会計をすませて戻ってきた。


「あ、ええと、すみません金谷さん、何か心当たりがあれば、妹さんの連絡先に伝えます。それでは」

「あ、はい、また……」

『お前疲れただろ、早く帰ろう』


 和泉は、怨霊と連れ立ってコンビニを出ていった。コンビニのガラス越しに姿を見送る。何やら談笑しながら歩いていく後ろ姿は、何も知らなければ、ごく親しい間柄の人間同士にしか見えなかった。

 どうして怨霊が大人しいのか、直接会って話してもさっぱりわからない。あの怨霊を人間と変わらない扱いをしていて、どうして和泉はなんの害も受けずにやって行けているのか。

 ……ある意味、人間として扱っているから怨霊が大人しいのかもしれないと気づくのは、もう少し先の話になる。

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