5.開眼
「ご苦労だった」
その声で目を覚ました。僕たちを王宮に連れてきた老人の声だった。
ここはどこだ? ガタゴトと揺れている。馬車の中のようだけど……。
車窓の外を確認する。大きく立派な門が見えた。すなわち王宮の庭のすぐ外だ。馬車の停まった場所は王宮前公園。迎えにきてくれたときとは違い、帰りは家まで送ってもらえなかった。馬車は王宮の広大な庭を走っただけか。僕たちはもう用済み――いかにもそんな感じだ。
王宮でのアクロバット披露については、とんだ災難だった。
リーダーの『ダガーナイフ投げ』は失敗。僕に当たったのだ。
もう痛みはない。
でもどうしたのだろう。頭がボーッとする。
クリルに支えられながら馬車をおりた。
リーダーが老人から金貨を受け取るのが見えた。
今回の稼ぎはどのくらいだろうか。
馬車が王宮の庭へと戻っていく。
リーダーは笑いながら二人の仲間としゃべっていた。
「ほら見てみろ。たんまりと報酬をもらってやったぜ」
「リーダーの言ったとおり、シドにケガをさせて大正解!」
「だろ? 王女からの見舞金、半端じゃなかったしな。イヒヒヒヒ」
こっちまで声が聞こえてるぞ。
どうやら王女が僕のケガを不憫に思い、新国王からの報酬にプラスしてくれたらしい。それはそうと、このケガが偶発的な事故によるものではないことが判明。信じられないことに、リーダーが故意にやったのだ。酷すぎる!
リーダーは僕の視線に気づいたらしい。
見くだすような目を返してきた。
「おい、シド。今度こそ本当に追放だ。カネはもうじゅうぶん稼いだことだし、俺たちも副業からは足を洗うことにしたぜ。お前は二度と姿を見せるなよ。さっさと行け」
クリルが前に出る。
「待って。報酬はあなたが代表で受け取ったのでしょ。シドへの分け前は?」
「ねーよ。当たり前だろ」
「たくさんもらっておいて、シドには渡さないつもり?」
「シドの分は全額、いままでの迷惑料ってことで、俺たちがもらっておく」
「それ、おかしいわ!」
彼女は柳眉を逆立てた。
「俺たちに文句があるっていうのか!」
「大ありよっ。迷惑料ってどういうつもり?」
ニヤニヤと笑うリーダー。
「足手まといだったってことだ。優秀な俺たちのパーティに、出来損ないの同行を認めてあげてたんだぜ。感謝してもらわないと困るんだけどな」
いくらなんでも、そこまで言われる筋合いはない。
クリルは頑張って反論してくれているが、当事者は僕だ。
まだ頭がぼんやりするけど、きちんと僕自身で意見しなければならない。
深く息を吸い込み、精一杯の大声を出す。
「仮に僕が未熟だったとしても、副業のアクロバットでじゅうぶん返したはずだ」
「あれのどこがアクロバットだ。ただふざけてただけじゃねえか。こっちまで恥ずかしかったんだ!」
「いまさら何を言うのさ。リーダーたちが嫌な顔をしてたのは知ってたけど、僕のパフォーマンスを止めたことは一度もなかったはずだ。僕の芸でたくさんの収入を得られるからって、ずっと放置だったじゃないか」
うぅぅ……。
話の途中で、強い吐き気を催した。
さっき目を覚ましたときから、頭はボーッとするし、体調の悪さも感じていた。
それがいま突如として、激しくなったのだ。
話の続きを諦め、足をフラつかせながら木陰に入っていく。
クリルは心配そうに、優しく寄り添ってくれた。
リーダーたちは分け前を渡さず、公園から去ってしまった。
僕の顔をのぞき込むクリル。
「シド、大丈夫?」
「ちょっと気分がすぐれなくて」
「ケガしたところが痛むの?」
「ううん、痛みはまったくない」
ケガの痛みは少しもない。だから体調の悪さはケガと無関係だろう。
「でもダガーナイフがずいぶん深く刺さってたのよ。優秀な宮廷回復魔導師が施術してくれたけど……。本当に痛みはない?」
大樹の幹に寄りかかりながら首肯した。
「うん、もうぜんぜん痛くないんだ。でも深く刺さったって、大袈裟すぎない? いくらなんでもダガーナイフが、硬い『頭』に深く刺さるわけないじゃないか」
きょとんとするクリル。
「頭? 何を言ってるの、シド。刺さったのは左目でしょ」
えっ、左目……。
気絶する直前に激痛が走ったのは、頭部だったはず。
ぼんやりしていた頭が、気絶前の記憶を探る。
ああ、そうだっけ。
やっと思いだした。刺さったのは確かに左目だったな。
そのことさえ曖昧になるほど、あの場での記憶が薄くなっていた。
でもどうして目じゃなくて、頭が痛くなったのだろう。
そういえばこれって……。手で顔を触る。
左目が包帯で巻かれていたことに、いまさら気づいたのだ。
頭がぼんやりしているせいだろうか。いまの僕は本当にどうかしている。
「うん、そうだったね。左目だった」
いま、ヘンなのは頭だけではない。全身にも違和感があった。
嘔気感だってそうだし、息苦しさと倦怠感も結構激しい。
だからこそケガした部分など、どうでもいいことだった。
僕は包帯を解き始めた。
「まだ取っちゃ駄目よ、シド」
「もう平気だよ。何度も言ったとおり、痛みはないんだ」
完全に包帯を解き、左目を開ける。右目を瞑って確認。
左目の視力は概ね正常だ。クリルの顔が見えている。
ただ少しだけ靄がかかっていた。
完治したわけではなかったようだ。
「きゃっ」
クリルが驚愕の声をあげた。
「どうしたの? クリル」
「シドの目が……」
僕の目が?
首をかしげると、クリルがポシェットから手鏡を取りだした。
彼女からそれを受け取り、目を確認してみる。
あっ!
左目に大きな異変があった。目の色が変わっている。といっても瞳の部分ではない。白目の部分――すなわち強膜っていうところだ。白いはずが白くない。淡い空色に染まっていた。
空色の強膜といえば……。
僕はある伝説を思いだし、身震いした。
クリルが僕の体をぎゅっと抱き締める。
「大丈夫よ、シド。きっと治るから」
その言葉に根拠がないのは知っている。
僕はどうなってしまうのだろう。
この国はかつて滅ぼされかけたことがある。
それは『呪竜』と呼ばれる恐ろしいドラゴンによるものだ。
呪竜の目の強膜は、淡い空色だったと伝えられている。
まあ、僕の目とは関係あるまい。
「ところでクリル。ウチにちょっと寄っていくことになってたよね」
「そうよ。国王様の馬車が来なければ、もっと早くシドのおウチを見られたのに」
「どうせなら、きょうはウチに泊まっていきなよ」
「えっ?」
クリルの頬が突然、真っ赤になった。
髪の先を白い指でくるくると絡めている。
返事はない。何を遠慮しているのだろう。
いっしょに孤児院で育った仲なのに。
「ほら、宿屋に払うおカネも節約できるしさ」
「う…………うん」
恥ずかしそうにうつむくクリル。
ここで僕はハッとした。
ああ、そうか。互いにもう成長したんだ。
幼馴染とはいえ、もはや年頃の男女……。
これはマズかったか。だからさっきクリルは躊躇してたんだ。
遠慮したいのならば、ハッキリ拒否してくれても良かったのに。
だけど僕の方から、話を覆すのもなんだし……。
クリルが僕のアパートにやってきた。
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