表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/35

34.呼び声


 僕はこの国に留まるつもりはない。

 だから王の頼みを断り……ダッシュで逃げた。


「シド」


 僕の名前を呼ぶ声は、ルーラ王女のものだ。

 彼女は心配してくれているのだろう。


 すみません。感謝の言葉も、別れの挨拶も、きちんと言えなくて。


 神殿を駆けおりた。僕を捕らえようとする兵士たちを、振り切っていく。

 どんなもんだい、僕の身軽さは。アクロバット芸で鍛えてきたんだ。


 全速力で走った。ときどきどこかに身を隠し、追っ手が走りすぎていくのを待つ。そしてまた走った。


 そうだ。この国を出る前に、もう一度だけ孤児院に寄ってみよう。

 きょうそこに行ったとき、皆とは何も話ができなかった。挨拶さえも。


 孤児院を訪れることは、今後二度とあるまい。

 だから最後に皆にきちんと会っておきたかった。


 だけどまた兵士たちが孤児院で、僕を待ち伏せしているかもしれない。仮にそうだとしたら、挨拶すらできないな。離れたところから、皆の顔を見るだけになる。ちょっと寂しいけど。



 孤児院に到着した。


 ここまで見張りの兵士がいるような感じはない。

 敷地内のようすを探ってみる。兵士はいるのか?

 もうヘマはできないので慎重に……。


 あれっ? おかしいな。

 誰もいないぞ。孤児院の皆はどこに行った?


 孤児院はもぬけの殻だった。待ち伏せの兵士すらいない。

 とりあえず正面から門を潜っていった。


 やはりヒトの気配はない。


 風が吹いた。その場を靄が包み、また消えた。

 すると人影が見えた。先生や子供たちの姿があった。


 えっ、さっきまでは見えなかったのに……。


「シド」


 僕を呼ぶ声に、振り返ってみる。

 クリルだ。まだここにいたのか。

 最後に幼馴染みの顔も見られてよかった。


 彼女は僕の手を取った。


「驚かせてごめんなさい」

「クリル、これはどういうこと?」


 にっこりと微笑むクリル。

 彼女は勿体ぶって答えない。

 代わりにある名前を口にした。


「梟たちの茶会……」

「えっ?」


 まさか彼女の口から、その名前が出てくるとは。


「驚いたわ。シドったら、あの有名な魔導サロンの一員だったのね」

「そうだけど。あっ、まさか。皆がここに?」


 さっきクリルや孤児院の皆の姿が見えなかったのって……。


「そうよ。あの人たちの魔導、すごかった」

「じゃあ、やっぱり!」

「ええ。わたしたちを隠してくれたの」


 仲間たちがここに来てくれたのか。


 梟たちの茶会の皆は、僕のことを気にかけてくれていたらしい。それで僕の育った孤児院を探しだし、こうして魔導で守ってくれたようだ。いまはまたアンデッド退治に出かけたそうだが。


 孤児院の先生たちが歩いてきた。


「おかえりなさい、シド」

「ごめんなさい。僕のせいで、孤児院が兵士に目をつけられてしまって」

「何を言ってるの? あなたはこの孤児院の誇りよ」

「いいえ、そんなことは……」


 先生は僕の手を取った。


「本当よ。だって知ってるわ。シドの大道芸、国で一番の人気だったのでしょ? 恐ろしいアンデッドを倒したことも、かなり有名になってるし……。何より私たちを最も驚かせたのは、あの『梟たちの茶会』の一員になってたってこと!」


 僕はこの国を離れるまで、梟たちの茶会の名前すら知らなかった。

 だけど、それほどまでに名前の知れた魔導サロンだったなんて。



 馬蹄の音が聞こえてきた。


 何者かが馬に乗ってやってくる。しかも大勢だ。

 孤児院の敷地に入ってきた。やはり兵士たちだった。


 また僕を捕らえに来たのか。


 しかし彼らは僕たちのことが見えていないらしい。

 もちろんそれは『梟たちの茶会』(ぼくのなかまたち)の魔導によるものだ。


 彼ら訪問者の中に、兵士ではない人物の姿を発見。


 えっ、どういうことだ?

 彼女は……。


「ルーラ王女様!」

「シド……の声ですね。いるのですか」


 兵士たちも追っ手ではなかった。

 しかしルーラ王女が来るなんて驚きだ。


「はい、僕はここにいます」


 先生たちが手をあげると、風が吹いた。

 ルーラ王女の視線が僕に止まる。僕たちが見えたようだ。

 たちまち安堵したような顔になった。


「ああ、シド。会えてよかったです」

「はい。出国前にちょっとだけ、ここに寄ってみたいと思いました」


 王女が周囲を見回している。


「ここがシドの育ったおウチなのですね。一度、拝見したいと思っていました」

「はい、赤ん坊の頃から十五年間ここにいました」


 建物は古くて粗末でみすぼらしい。

 でも僕はこの孤児院が好きだ。


「シド、本当にアテラ王国を去ってしまわれるのですか」

「はい。この国は居心地が悪いですから」

「ただちに環境を変えるよう、わたくしが国王に話をつけましょうか」

「いま急いでいることも本当なんです」


 芋のことで。



 ルーラ王女の顔が徐々に近くなってきた。

 彼女が背伸びすると、さらに近くなった。

 もう吐息がかかりそうだ。


 その顔が突然、ハッとする。


 慌てたように俯き、その頭を僕の胸に押しつけた。

 彼女の髪から良い匂いが漂う。


 クリルがムッとしているが、どうしたのだろう。

 ふたたび顔をあげるルーラ王女。


「いまはどちらの国で生活をなさっているのでしょう?」

「ムーリア王国です。とある魔導サロンで勉強しています」

「さようですか。でしたら、強引に引き留めるわけにはいきませんね」


 ルーラ王女のいるセリオン王国は、ここアテラ王国と非常に関係が深い。しかし僕の住むムーリア王国とは、国同士の親交がほとんどない。だからもう会えなくなるかもしれない。


「ルーラ王女様から親切にしていただいた御恩、決して忘れません」

「最後のお別れのようなことは言わないでください」

「あ、いえ……。そういうつもりでは……ございません」


 笑顔を見せるルーラ王女。可愛い。


「その言葉を信じますよ、シド」

「はい。またお目にかかりたく存じます」


 ルーラ王女の視線が僕の背後に行った。


「そうそう、言い忘れるところでした……」

「なんでしょうか」

「シド。ここの孤児院のことは、わたくしに任せてください」

「ええと……。任せるとはどういうことでしょう?」


 ルーラ王女は真っ白な歯をこぼした。


「現在ここはアンデッドの出現で、かなり危険な国となっています。ですから当分の間、安全な我が国へお招きしたいと考えています。もちろんそのまま永住されても構いません」


 彼女がここに来た理由がわかった。もともと僕に会いにきたわけではなかった。

 だいたい僕がここに立ち寄るなんて、きっと思ってもみなかったはずだ。


「それでは、ルーラ王女様がワザワザここへいらっしゃったのは……」

「はい。ぜひとも支援させていただこうと、ご相談に訪問いたしました」

「ルーラ王女様……」


 僕は彼女に深く頭をさげた。


 これで安心してムーリア王国に行ける。

 ああ、なんと感謝をしたらいいのだろう。


 話を聞いていた先生たちも、とびあがって喜んでいる。


 このあとルーラ王女と先生たちは、短い話を交わした。

 セリオン王国への移住、すなわち孤児院移転についての相談だった。

 先生たちからは即答こそなかったが、ほぼ決定だろう。


 ルーラ王女は返事を聞くため、また明朝ここを訪れるそうだ。

 先生や子供たちに会釈したのち、僕に向く。


「シド。もし我が国を訪れることがあるようでしたら、ぜひともお手紙等でお知らせください。わたくしはあなたを心より歓迎します」


「ありがとうございます、ルーラ王女様」


「約束です。必ずですよ? 必ずいらしてください! できるだけ近いうちに」


 もし(・・)という仮定の話が、必ず(・・)という約束にすり替わってしまった。

 社交辞令で済ませるわけにはいかない感じになったけど……。

 本当に行っていいのだろうか。


 ルーラ王女は馬車に乗った。


「ところで……」


 何故か彼女の視線がクリルにいく。

 そしてこんなふうに問うのだった。


「……もしや、あなたはシドの恋人さん?」



ここまでお読みくださり、ありがとうございます!!

もし続きが気になるという方がいらっしゃいましたら、

【評価】と【ブクマ】で応援をお願いいたします。

下の ☆☆☆☆☆ を ★★★★★ に変えてくださると、

最高にうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ