34.呼び声
僕はこの国に留まるつもりはない。
だから王の頼みを断り……ダッシュで逃げた。
「シド」
僕の名前を呼ぶ声は、ルーラ王女のものだ。
彼女は心配してくれているのだろう。
すみません。感謝の言葉も、別れの挨拶も、きちんと言えなくて。
神殿を駆けおりた。僕を捕らえようとする兵士たちを、振り切っていく。
どんなもんだい、僕の身軽さは。アクロバット芸で鍛えてきたんだ。
全速力で走った。ときどきどこかに身を隠し、追っ手が走りすぎていくのを待つ。そしてまた走った。
そうだ。この国を出る前に、もう一度だけ孤児院に寄ってみよう。
きょうそこに行ったとき、皆とは何も話ができなかった。挨拶さえも。
孤児院を訪れることは、今後二度とあるまい。
だから最後に皆にきちんと会っておきたかった。
だけどまた兵士たちが孤児院で、僕を待ち伏せしているかもしれない。仮にそうだとしたら、挨拶すらできないな。離れたところから、皆の顔を見るだけになる。ちょっと寂しいけど。
孤児院に到着した。
ここまで見張りの兵士がいるような感じはない。
敷地内のようすを探ってみる。兵士はいるのか?
もうヘマはできないので慎重に……。
あれっ? おかしいな。
誰もいないぞ。孤児院の皆はどこに行った?
孤児院はもぬけの殻だった。待ち伏せの兵士すらいない。
とりあえず正面から門を潜っていった。
やはりヒトの気配はない。
風が吹いた。その場を靄が包み、また消えた。
すると人影が見えた。先生や子供たちの姿があった。
えっ、さっきまでは見えなかったのに……。
「シド」
僕を呼ぶ声に、振り返ってみる。
クリルだ。まだここにいたのか。
最後に幼馴染みの顔も見られてよかった。
彼女は僕の手を取った。
「驚かせてごめんなさい」
「クリル、これはどういうこと?」
にっこりと微笑むクリル。
彼女は勿体ぶって答えない。
代わりにある名前を口にした。
「梟たちの茶会……」
「えっ?」
まさか彼女の口から、その名前が出てくるとは。
「驚いたわ。シドったら、あの有名な魔導サロンの一員だったのね」
「そうだけど。あっ、まさか。皆がここに?」
さっきクリルや孤児院の皆の姿が見えなかったのって……。
「そうよ。あの人たちの魔導、すごかった」
「じゃあ、やっぱり!」
「ええ。わたしたちを隠してくれたの」
仲間たちがここに来てくれたのか。
梟たちの茶会の皆は、僕のことを気にかけてくれていたらしい。それで僕の育った孤児院を探しだし、こうして魔導で守ってくれたようだ。いまはまたアンデッド退治に出かけたそうだが。
孤児院の先生たちが歩いてきた。
「おかえりなさい、シド」
「ごめんなさい。僕のせいで、孤児院が兵士に目をつけられてしまって」
「何を言ってるの? あなたはこの孤児院の誇りよ」
「いいえ、そんなことは……」
先生は僕の手を取った。
「本当よ。だって知ってるわ。シドの大道芸、国で一番の人気だったのでしょ? 恐ろしいアンデッドを倒したことも、かなり有名になってるし……。何より私たちを最も驚かせたのは、あの『梟たちの茶会』の一員になってたってこと!」
僕はこの国を離れるまで、梟たちの茶会の名前すら知らなかった。
だけど、それほどまでに名前の知れた魔導サロンだったなんて。
馬蹄の音が聞こえてきた。
何者かが馬に乗ってやってくる。しかも大勢だ。
孤児院の敷地に入ってきた。やはり兵士たちだった。
また僕を捕らえに来たのか。
しかし彼らは僕たちのことが見えていないらしい。
もちろんそれは『梟たちの茶会』の魔導によるものだ。
彼ら訪問者の中に、兵士ではない人物の姿を発見。
えっ、どういうことだ?
彼女は……。
「ルーラ王女様!」
「シド……の声ですね。いるのですか」
兵士たちも追っ手ではなかった。
しかしルーラ王女が来るなんて驚きだ。
「はい、僕はここにいます」
先生たちが手をあげると、風が吹いた。
ルーラ王女の視線が僕に止まる。僕たちが見えたようだ。
たちまち安堵したような顔になった。
「ああ、シド。会えてよかったです」
「はい。出国前にちょっとだけ、ここに寄ってみたいと思いました」
王女が周囲を見回している。
「ここがシドの育ったおウチなのですね。一度、拝見したいと思っていました」
「はい、赤ん坊の頃から十五年間ここにいました」
建物は古くて粗末でみすぼらしい。
でも僕はこの孤児院が好きだ。
「シド、本当にアテラ王国を去ってしまわれるのですか」
「はい。この国は居心地が悪いですから」
「ただちに環境を変えるよう、わたくしが国王に話をつけましょうか」
「いま急いでいることも本当なんです」
芋のことで。
ルーラ王女の顔が徐々に近くなってきた。
彼女が背伸びすると、さらに近くなった。
もう吐息がかかりそうだ。
その顔が突然、ハッとする。
慌てたように俯き、その頭を僕の胸に押しつけた。
彼女の髪から良い匂いが漂う。
クリルがムッとしているが、どうしたのだろう。
ふたたび顔をあげるルーラ王女。
「いまはどちらの国で生活をなさっているのでしょう?」
「ムーリア王国です。とある魔導サロンで勉強しています」
「さようですか。でしたら、強引に引き留めるわけにはいきませんね」
ルーラ王女のいるセリオン王国は、ここアテラ王国と非常に関係が深い。しかし僕の住むムーリア王国とは、国同士の親交がほとんどない。だからもう会えなくなるかもしれない。
「ルーラ王女様から親切にしていただいた御恩、決して忘れません」
「最後のお別れのようなことは言わないでください」
「あ、いえ……。そういうつもりでは……ございません」
笑顔を見せるルーラ王女。可愛い。
「その言葉を信じますよ、シド」
「はい。またお目にかかりたく存じます」
ルーラ王女の視線が僕の背後に行った。
「そうそう、言い忘れるところでした……」
「なんでしょうか」
「シド。ここの孤児院のことは、わたくしに任せてください」
「ええと……。任せるとはどういうことでしょう?」
ルーラ王女は真っ白な歯をこぼした。
「現在ここはアンデッドの出現で、かなり危険な国となっています。ですから当分の間、安全な我が国へお招きしたいと考えています。もちろんそのまま永住されても構いません」
彼女がここに来た理由がわかった。もともと僕に会いにきたわけではなかった。
だいたい僕がここに立ち寄るなんて、きっと思ってもみなかったはずだ。
「それでは、ルーラ王女様がワザワザここへいらっしゃったのは……」
「はい。ぜひとも支援させていただこうと、ご相談に訪問いたしました」
「ルーラ王女様……」
僕は彼女に深く頭をさげた。
これで安心してムーリア王国に行ける。
ああ、なんと感謝をしたらいいのだろう。
話を聞いていた先生たちも、とびあがって喜んでいる。
このあとルーラ王女と先生たちは、短い話を交わした。
セリオン王国への移住、すなわち孤児院移転についての相談だった。
先生たちからは即答こそなかったが、ほぼ決定だろう。
ルーラ王女は返事を聞くため、また明朝ここを訪れるそうだ。
先生や子供たちに会釈したのち、僕に向く。
「シド。もし我が国を訪れることがあるようでしたら、ぜひともお手紙等でお知らせください。わたくしはあなたを心より歓迎します」
「ありがとうございます、ルーラ王女様」
「約束です。必ずですよ? 必ずいらしてください! できるだけ近いうちに」
もしという仮定の話が、必ずという約束にすり替わってしまった。
社交辞令で済ませるわけにはいかない感じになったけど……。
本当に行っていいのだろうか。
ルーラ王女は馬車に乗った。
「ところで……」
何故か彼女の視線がクリルにいく。
そしてこんなふうに問うのだった。
「……もしや、あなたはシドの恋人さん?」
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!!
もし続きが気になるという方がいらっしゃいましたら、
【評価】と【ブクマ】で応援をお願いいたします。
下の ☆☆☆☆☆ を ★★★★★ に変えてくださると、
最高にうれしいです。




