33.国王の困惑
いま僕は牢馬車の中。ふたたび国境へと向かっているところだ。
しかし馬に乗った兵士が、この牢馬車に追いついた。
どんな話があったのかは知らないが、突如として牢馬車は方向転換。
あれ? そっちは国境じゃないのに……。不思議と道を引き返すのだった。
ちょっとちょっと。どうしたというのだ。
早くフィアに会って、報告したいんだけど。
やがて王都にある中央神殿の裏手に到着した。
何故またこんなところに連れられてきたのだろう。
牢馬車からおろされる。神殿を裏手からのぼらされた。
最上階には貴族や神官たちが並んでいる。
下方に見える神殿広場は、民衆でぎっしり埋め尽くされていた。
僕が神殿の上から顔を見せると、広場から大歓声があがった。
えっ、なんだ、なんだ? ちょっとビックリした。
ここで国王が登場。広場の民衆からは拍手もあがった。
いったい何が始まるのだろう。急に不安になってきた。
国王が神殿の上から民衆に向かって叫ぶ。
「いま我が国はアンデッドの出現に悩まされている。そのうえアンデッドギガースなどという最悪の化け物も出現するようになった……」
国王の話に耳を傾ける民衆。広場全体がシーンと静まり返っている。
「……この危機に、アンデッドギガースを抹殺してくれた者が現れた。そう、そこにいる彼だ……」
僕に手を向ける国王。ふたたび民衆から大拍手。
いったい、なんのつもりなのだろう?
「……彼は国外追放の刑に処せられていたが、その刑の無効をこの場で宣言する」
そう? どうでもいい話だ。別に国外追放の刑のままだって構わない。この国にまた住むつもりはないから。
国王がこっちを向く。
「……この国に留まることを許す。アンデッド退治に専念したまえ……」
許されなくてもいいんだけどな。
「……アンデッド臨時討伐騎士として、あらためてこの国に迎えたい」
討伐騎士……? なんだそりゃ。しかも臨時って。
神官に背中を押される。
「さあ。もっと前へ行き、国民に挨拶を」
弱ったなあ。挨拶なんて。
民衆から拍手を送られた。隣には国王がいる。
僕はその国王に向き、頭をさげた。
「すみません。せっかくですが、お断りします」
「はあ? な……なんだと!?」
目を丸くする国王。
そんなに驚くことだろうか。
「いま僕は隣国に住んでいますけど、そろそろ帰らないとならないんです」
たちまち国王の顔に怒りが満ちた。
「断るだと? 調子に乗りやがって……。誰かコイツを牢にぶち込め!」
国王の指示に、民衆が騒ぎ出す。
「おいおい、彼を牢にって嘘だろ」
「国王は俺たち国民を見捨てるのか」
「アンデッドの群れは誰が退治するんだ」
「まともに戦える兵士はいないんだろ?」
「もう、この国から出るしかないのか」
側近が慌てて国王に奏上する。
「この状況で、牢に入れるのは非常にマズいです」
「何を言うか。もともとは国外追放にした罪人だ」
「では、彼以外に誰がアンデッドギガースを……」
「聖魔導騎士団と隣国の魔導師団に任せればいいだろ」
隣国の魔導師団とは、おそらく『梟たちの茶会』のことだろう。
てことは……。良かった。仲間たちは無事なんだ!
まあ、皆の実力は知ってたけど。
「陛下、彼らだけでは手が足りません」
「ならば俺にどうしろと?」
「陛下が彼を説得なさってください」
国王が側近を殴り倒す。
「この俺が小僧に頭をさげろというのか!」
起きあがった側近の額から、一筋の汗が流れ落ちる。
「いいえ、決して頭をさげるというようなことでは……。ですがこのままでは、国民の国外移住は止まりません」
国王が目で側近を威圧する。
「国境を封鎖するだけのことだ。出国を試みた者は、死刑とすればいい」
「諸外国との交易が止まってしまいます。必要物資が手に入りにくくなります」
「うるさい。俺が国王だ。すべて俺が決める。不満を漏らす者がいたら、処罰するだけだ!」
ここで別の側近がやってきた。
「陛下、緊急報告です」
「うるさい、後にしろ」
「畏まりました、陛下。ルーラ王女殿下には、そのようにお伝えいたします」
側近の返事に、国王は目を見開いた。
「なんだと? ちょっと待て。ルーラ王女がこの国に来てるだと?」
「はい、陛下。ただいまこの神殿にいらっしゃいました」
「この神殿に? それを早く言え。しかし……来ることは聞いてなかったぞ」
「でしたらルーラ王女殿下には、お帰りを求めたほうがよろしいでしょうか」
「なっ……ならぬ。丁重にここへ招くのだ」
側近がルーラ王女を連れてきた。
「ようこそ、ルーラ王女」
「突然の訪問、お許しください」
「大歓迎だよ。好きなときに遊びにきてほしい。今回はちょっと驚いたけど」
「驚かせるつもりはありませんでした。しかし父クレスドー王が……」
「ふむ。そなたの父君から猛反対にでも遭い、こっそりと内緒で来たわけか」
「おっしゃるとおりです」
反対されるのは当然だろう。この国はアンデッド騒ぎの真っ最中なのだ。
顔をポッと赤らめる国王。目がとろんとしている。
「そ、そこまでして俺に会……。ゴホン、ゴホン。そこまでして訪問を」
「はい、ぜひともお話がしたくて参りました。わたくしにとって重要なことです」
ますます紅潮する国王。
「じゅ、重要な……。すぐ王宮へ行き、そこで話そう」
「ここでじゅうぶんです」
「ここで?」
王女が首肯。彼女の目がちらっと僕に向いた。
「はい。シドを戻してくださいましたこと、深く感謝いたします」
「えっ、シド……? と、当然だ。約束していたのでな。ハハハ」
「しかし何故、シドは縄で拘束されているのでしょう?」
「あわっ! それは……その、この国を捨てる気のようだから……」
「それはウィリンヘル王がお悪いのではありませんか」
「お、俺が?」
ルーラ王女がゆっくり首肯する。
「ではウィリンヘル王にうかがいます。シドを国外追放にしたこと、心から謝罪しましたか? シドへの償いはどのような形にするおつもりでしょうか?」
国王の表情に焦りが見える。
「謝罪? 償い? じっ、実は……これからするつもりだったのだ」
僕はここでやっと縄を解かれた。
あの国王が僕に頭をさげる。
「国外追放の刑については、心より深く謝罪する。詫びのしるしとして与えられるものは、ええと……。そうだ! アンデッドギガース退治の感謝状がいい!!」
感謝状って。ずいぶんと安あがりに済ませる気のようで。
だいたい紙とかもらっても、役に立たないんだけど。
「遠慮しておきます」
「えっ、俺からの感謝状は欲しくないのか」
まさか本気で言ってるのか? 僕が欲しがるものとでも思ってるのか? あるいはその冗談、いまの流行なのか? 少なくとも僕は欲しくないのだが。
感謝状は辞退した。
「いやいや、それは困る。この国にしっかり定住し、アンデッドギガースに対応してもらわなければ」
あーっ、国王がしつこい。
「定住と言われましても困ります」
「小僧、俺の言うことが……」
国王の目に力が入った。怒りで血走っている。
するとルーラ王女がコホンと咳払いした。
気まずそうに首をすくめる国王。
「この母国に帰れるのだぞ。ほら、嬉しいはずだ」
「いえいえ、いま住んでいる国の方が居心地いいのです」
「なんであろうと、この国に留まることを要請するっ!」
国王はまた少し強気になった。
「すみませんが、それ無理です」
「いやいや、そう言わず……」
なんかまた弱気になった。
「僕、本当に無理なんです」
「しかしこれは俺ばかりでなく、国民が望んでいることでもあるのだ」
その国民は空色の目のことで、僕をさんざん敵視してきたんだけどな。
皆、本当に身勝手だ。
「僕は、陛下を始め多くの民衆から追い出されたはずですが」
「だが現在、皆、お前を必要としている。我々のために残ってくれないか」
「正直、いまさら言われましても困ります」
「お願いだ。どうかこの国に定住してほしい。ぜひ国を救ってほしい」
ああ、気持ちよく帰してもらいたいものだ。
「…………」
「さあ、民衆に向かって『この国に残る』と言ってやってくれ」
しぶしぶ広場の人々に目を向ける。
困ったな。でも言うしかない。
「ごめんなさい。いまちょっと忙しくて。すぐ帰らなくてはならないんです」
広場にいる民衆は、大騒ぎするのだった。
「お願いだ。この国に留まってくれ」
「頼む。アンデッドと戦ってくれ」
「俺たちの英雄になってくれ」
国王が両手を広げる。
「ほら、聞こえるだろ。国民の声が」
「確かに聞こえますけど……」
「だったら留まるしかなかろう。なんなら数日だけの滞在でいい」
「急いでいるので無理です」
「急ぐ? よほど深刻なことなのか?」
そのとおり。僕にとって非常に重要なのだ。
だから大きく首肯した。
「はい。お芋のことで、いま頭がいっぱいなんです!」
「い……い、芋?」
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