3.王宮と副業
馬車が走る。僕とクリルを乗せていた。
角を曲がって大通りに出た。その先にあるのは王宮だ。
老人によれば、僕たちを馬車に乗せたのは、新国王の命令だとか……。
でもどうして新国王が僕たちを?
馬車は王宮の庭に入っていった。
噴水前で停車。老人の横目が僕を映す。
「くれぐれも無礼のないように。平民であることをわきまえよ」
先に老人が馬車を降りる。僕とクリルも彼に続いた。
あっ!
ある人物の姿が正面に見える。わざわざ笑顔で出迎えてくれていた。
しかしこの国の王族ではない。別の国から訪問中の美しき王女だった。
彼女は先日の新国王即位式に招かれた国賓なのだ。
「シド、いらしてくれたのですね!!」
僕を見て大喜びの王女。
彼女に両手を握られた。
なるほど。なんとなく事情が呑み込めたかもしれない――。
僕たちは新国王の命令でここへ連れられてきた。
それはたぶん彼女が新国王におねだりしたからだろう。
僕が王宮で求められているのは、『大道芸』の披露に間違いない。
所属していたパーティで、副業としてやってきたものだ。
たぶんクリルについては、パーティ仲間だと勘違いされたのだろう。
この国において、冒険者が副業をやることは珍しくない。
冒険だけで生計を立てられる冒険者なんて、ほんの一握りしかいない。
冒険者の九十パーセント以上は、副業を持っているものだ。
僕のいたパーティは、本業の冒険でも、それなりに稼げるようになってきた。
そのため副業をあまり必要としなくなった。
ならばどうして、まだ副業をたまにやっていたのか――。
理由の一つに『惰性』というものがある。名もないパーティだった頃からやってきており、ファンもそれなりについている。だからちょっとやめにくい。
しかしもっと大きな理由がある。それは……。
もちろん格好いいからだ。
冒険者の副業といえば『大道芸』が定番だ。
大道芸の中でも、特にアクロバットの人気が高い。
アクロバットをやっていると、とにかくモテる。非常にモテる。
顔が知られるようになれば、酒場や夜会や各種イベントなどでモテまくれる。
だから多くの冒険者パーティがそれをやっている。
僕のいたパーティのアクロバットは大人気だった。
だけどどうしよう。もう僕はあのパーティを抜けたのだ。
同時に大道芸からも身を引いたことになる。
そんな事情など、この王女が知っているはずもない。
僕のアクロバット芸は彼女のお気に入りとなっていた。
外国に住みながらも熱狂的なファンだった。
もしかして彼女がこの国にやってきたのは、新国王の即位式に呼ばれたことよりも、僕に会うことの方が大きかったとか? なーんて。でも、そんなふうに思えてしまうほどのハシャギぶりだ。
王女は僕の両手を握ったままだ。
この光景にクリルが目を丸くしている。
その後、口が『へ』の字になった。
僕たちを連れてきた老人が近くに立つ。
王女に低頭する。
「殿下、この者たちを控え室に案内しなくてはなりません」
「そうだったわね。足止めしてしまって悪かったわ」
老人が僕たちを連れていく。
いやいや、駄目だ。きちんと話さなくてはならない。
僕はもう大道芸をやれないのだと。
「あの……僕は……」
「黙りなさい」
老人に叱られたため、何も言えなくなってしまった。
そのまま控え室の前に到着。
「呼ばれるまで、中で待っているように」
老人が立ち去ったのち、ドアを開ける。
部屋の中を見てビックリ――。
僕を追放したパーティのメンバーがいたのだ。
まあ、考えてみれば当然だ。冒険者によるアクロバットは、チームで行なうものだと決まっている。皆も強引に連れてこられたのだろう。
皆がこっちを向く。
リーダーは顔をすごませた。
「お前も来やがったか」
そう言われたって、来たくて来たのではない。
僕が追放されたことを、あの老人が知らなかったからだ。
「そんな怖い顔しなくていいよ。ちゃんと説明してこの仕事を断るから」
あの老人も怖いけど、このリーダーも怖い。
だけど老人の方は殴ってきたりしないだろう。
それより何より、もうこの人たちとは関わりたくなかった。
「馬鹿言え。いまさらそんなことが許されるものか」
「でも僕はクビになったんでしょ?」
「ムカつくが、クビは少し延期してやる。だがこの王宮を出るまでだ」
「延期なんて要らないよ。僕は帰る」
身を翻した。
「待て。パーティ内のゴタゴタなど、みっともなくて話せることじゃない」
「ゴタゴタって。そっちが勝手に僕を追放したんじゃないか」
「うるせ。このまま黙っていれば、国から多額の報酬をもらえるんだ」
多額の報酬なんて興味はない。
「行こう、クリル」
ところが、リーダーによって阻まれた。
「拒否は許さない。俺の命令だ」
「命令? いま僕はパーティの一員なんかじゃないよ」
「黙れっ」
ここでも殴られ、床に倒れた。
クリルが駆け寄ってくる。
「シド、大丈夫?」
「僕は大丈夫だよ」
不可解な顔のリーダーたち。
「さっきから……そいつは誰だ。お前は生意気に、女なんか連れやがって」
「リーダーには関係ないことだ」
「なんだと! 弱虫のヘナチョコのくせに」
するとクリルが彼らをキッと睨む。
「あなたたちの実力のことは知らないけど、シドは少なくとも弱虫なんかじゃないわ。冒険者としても一流よ!」
パーティのメンバーたちは大爆笑。
リーダーが腹を抱えながら言う。
「ガハハハハ。スライムしか倒せないシドが一流? 俺を笑い殺す気か」
「シドは一人で陸生巨大蟹亀をやっつけて、わたしを助けてくれたのよ」
「陸生巨大蟹亀だと? 冗談はやめろ。シドに倒せるわけがないだろ」
別のメンバーも言う。
「だいたいそれほどの実力があれば、国内でかなり有名になってるはずだろ」
「でも本当にシドは……」
反論するクリルの肩を叩いた。
何を言っても彼らが信じるはずなどないからだ。
「もういいよ、クリル」
そう言ってからリーダーに向く。
「確かに最後の大儲けのチャンスだし、大道芸をいっしょにやってもいい」
でもきょうが本当に最後だ。
もう二度と皆とは組まない。
さっきの老人が僕たちを呼びにやってきた。
大道芸のアクロバットを披露する時間のようだ。
リーダーが老人に謝意を示す。
「この度は私どもをご用命いただきありがとうございます。必ずや皆様をご満足させていただきましょう」
その目がこっちに向いた。
「さあ、行こうではないか。シド君」
背筋に冷たいものが走った。リーダーに君付けされたのは初めてだ。
しかし僕のすぐ脇に来て小声で言う。
「失敗したら、ぶっ殺すぞ」
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