29.イミグレーション
ああ、僕、何やってるんだろ。
フィア、ごめん。持ち帰れなかったよ……。
おとといのことだ。ようやく深い山の峠で『命の魔水』を探し当てた。用意していた羊胃製の水筒に『命の魔水』を満たした。大喜びで帰国の途に。しかしほんの僅かな時間で、水筒は軽くなった。不思議に思って中を見てみると、『命の魔水』が半分に減っていた。間もなく水筒の中身は空っぽになった。
羊のほか、牛や馬などの胃袋や膀胱の水筒も試した。しかしどれも同じ結果に。高価なポーション用の瓶でさえ、その場を離れると中身がなくなるのだった。
いろいろ手を尽くしたが、『命の魔水』は持ち帰れなかった。普通の水とはまったく違うようだ。せっかく遠い北の国まで来たのに、徒労に終わった。白い芋の花はもう見られなくなってしまう。フィア、ガッカリするだろうな。
とぼとぼとムーリア王国へと帰っていく。そして二日経ったきょうのこと。ふたたびアテラ王国のそばを通りかかった。
そういえば……。
『梟たちの茶会』の仲間は、いま頃どうしているだろう? 超優秀な魔導師たちだから、もうアンデッドを根絶できたのではなかろうか。まさか、逆にやられてしまったなんてことはあるまい。
心配すべきは孤児院のことだ。皆、無事でいてくれよ。アンデッドの被害に遭ってないよな?
幼馴染のクリルはどうだ。とっくに出国したはずだよな? いまだにアテラ王国に留まってたりとか……。まあ、さすがにそれはあるまい。だけど気になる。
小さな気がかりがあると、あれもこれもと不安になっていく。
なんだか居ても立っても居られなくなってきた。このままムーリア王国に戻れるものか。皆の安否を確認したい。どうにかアテラ王国に入りたい。なんたって僕の故郷なんだし。
僕の額には魔導による焼き印が施されている。それが罪人の証となっている。入国すれば焼き印が浮き出てしまう。入国してもバレない方法はないだろうか。
あれこれ考えた結果、帽子を被っての入国を決意した。
国境近くのゴミ溜まりで帽子を探す。
ツバの大きな帽子が見つかり、川で洗った。
うん、これはいい。深く被れば目の色も隠せるだろう。
城壁に囲まれた国境のゲートに到着。
それにしても、この国はどうして出入国チェックなんてあるのだろう。
緊張しながらゲートに入ろうとした。
イミグレの監視員が僕を止める。
「帽子を取れ」
そうきたか。イミグレを甘く考えすぎていた。どうしよう。
もし帽子を取ったら、額の焼き印も空色の目もバレてしまう。
「おっと、思いだした。忘れ物を取ってこなきゃ……」
僕はくるりと背を向け、全力で逃げ帰る。
「おい、待て」
まさか、嘘だろ?
監視員が国境のずっと外まで追いかけてくるとは。
僕は障害物の多い森の中へと入っていった。
曲がりなりにも冒険者をやっていたので、身軽さならば自信がある。
アクロバットの練習でも鍛えていたし。
監視員に追われながら森を抜け、小ぢんまりした集落にやってきた。
住民がいたので話を聞いてみる。ここはどの国にも属していない宿場町らしい。町と言うには寂れすぎだと思うけど、住民が強く主張するのでそれでいいことにする。とにかく宿屋に困ることはなさそうだ。この宿場町で一泊することにした。
宿の部屋は二階。
さっそくベッドに寝そべって休む。
外がガヤガヤと騒がしくなってきた。なんだろう?
起きあがって、窓の外を見てみようとした。
コン コン
ノックの音だ。窓には行かず、ドアを開ける。
一人の兵士が立っていた。
しかもその制服はアテラ王国のものだ。
おかしいな。この宿場町はアテラ王国領ではないのに。
もしかして、僕が突然逃げたから追ってきた?
いやいや、普通はそこまでしないだろう。
だったらなんでアテラ王国の兵士がここにいる?
いまアテラ王国はアンデッド発生の問題を抱えているはずだ。
その対応で忙しい兵士たちに、ここまで来る暇なんてあったのか。
もしかしてアンデッドは、すでにすべて駆除済みだったりして。
じっと僕の顔を見据える兵士。
「その呪竜の目、お前は罪人のシドで間違いないな?」
僕のことを知っていたのか。
ならば決まりだ。再入国しようとした僕を捕らえに来たのだ。
まいったな……。
「はい、シドで間違いありません。ですが、どうか聞いてください。確かに僕は国外追放の身ながら、イミグレの真ん前に行きました。でもそれは僕が勘違いしていただけです。まさかアテラ王国の国境だったとは思いませんでした。もし知っていたら絶対に近づきませんでした。本当です」
嘘だけど。
「勘違いでもなんでもいい。自ら出入国ゲートに来てくれたことに感謝したい。我々の手間が省けたのだからな」
「意味がわかりません。どういうことでしょう」
僕は首をかしげ、兵士はニヤリと笑った。
「陛下より命令が出されたのだ。事故を装い、お前を殺せとな」
なんで僕が殺されなくてはならないのだ。
だいたい事故を装うってどういうことだ。
兵士が剣を振りおろす。
僕は間一髪、剣をよけた。
「事故を装っているようには、ぜんぜん見えませんけど?」
「そんなもの、殺してからなんとでもなる」
「本当に僕を殺すつもりなんですね」
その兵士の後ろにも、また別の兵士たちがいた。一人ではなかったのだ。さらに次から次へと、兵士が二階にあがってきた。二、三十人はいるかもしれない。
困ったな。彼らをどうしよう……。
僕の魔導は呪魔導。攻撃に特化した魔導だ。その程度の人数ならば、ウォーターカッターやカマイタチで、一気に皆殺しが可能。けれども、兵士たちは国王から命令されてやっているだけだ。彼らを殺すことなんて絶対にできない。ではどうすべきか。
あっ、土系の呪魔導『底なし沼』はどうだろう。比較的安全だと思う。
うーむ……。だけど床は土ではなく木材。土系の呪魔導ってここで使えるのか? まあ、土ではなくとも石畳で成功した実績もある。いけそうな気がする。
てことで『底なし沼』を発動。
さあ、どうだ!?
兵士たちが二階の床から沈んでいく。
床が木材でも問題なかったようだ。
わぁーっ、うぉーっ、ぎゃーっ
と騒ぐ声から
ドシン、ドタン、バタン
という音に変わった。
見たか、僕の呪魔導を!! 兵士たちを返り討ちにしてやったぞ。
底ナシとなった二階の床から沈み、そのまま抜けて一階に落ちたのだろう。
皆、屈強な体を持つ兵士たちだから大丈夫。死んではいないはずだ。
僕は部屋に一泊分の硬貨を置き、この宿から逃げた。
どうしてこんな目に遭わなくてはならないのか。
すべて、この空色の目がいけないのだ。しかも目立ちすぎる。
ああ、こんな奇妙な目を持っていたばかりに……。
この目が嫌いだ。
ふたたび森の中に入る。
木々の隙間から大きな壁が見えた。
アスラ王国の国境だ。
もうアスラ王国に未練はない。
でも……やっぱり孤児院の皆のことが気になる。
それから『梟たちの茶会』の仲間は無事だろうか。
あと幼馴染みのクリルは、ちゃんと出国しただろうか。
結局、再度アテラ王国に行くことを決意した。
今度は正面からではなく密入国で。
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