28.いにしえの魔物
フィアと約束した。北方の国へ行って『命の魔水』を持ち帰ると。だから『梟たちの茶会』にはしばらく顔を出せなくなる。そのことを仲間たちに伝えるべく、魔法陣を越えた空間にやってきた。
何やら緊迫した空気だ……。
「皆さん、どうされたんです?」
「おお、シドか。実は……」
仙人先輩ガロットが話してくれた。
古の魔物が大発生したらしい。
「古の魔物……ですか?」
「そうだ。大昔、世界中を震撼させたというアンデッドの大群だ」
しかし発生はここムーリア王国ではなく、山々を越えた異国のことらしい。
ムーリア王国の王は援軍を送ることを表明。『梟たちの茶会』にも支援を求めてきた。代表者の仙人先輩ガロットはそれを快諾した――ということだった。
しかし僕にはフィアとの約束がある。だから参加できないことを皆に話した。
それでも責められることはなかった。そもそも僕はこの国の国民ではないのだ。
仙人先輩ガロットは続けて、こう話してくれた。
「気にする必要はない。シドが来たとしても、活躍の場はあまりないだろう」
「その言い方ですと、僕の呪魔導は役に立たないってことですか」
ゆっくり首肯するガロット。
「確かに呪魔導の破壊力は凄まじい。だがアンデッドは特殊な魔物なのだ。『物理攻撃』にしろ『魔導攻撃』にしろ、ほぼ効果のないことが知られている。仮にそれらでダメージを受けたとしても、容易に再生してしまうのだ」
おかしいぞ。だって……。
「でしたら『梟たちの茶会』の皆で行っても、意味がないことになりますね」
「いいや。ヤツらに有効なものが二つだけ存在するのだ」
「二つって、何があるんですか」
「一つは聖水。しかし我々は持っていない」
聖水といえば、かなり高価なものだと聞く。
それを持っているのは司祭や神官たちだ。
「そうですね。もう一つはなんでしょう」
「ある特別な魔導だ」
「いやいや、魔導攻撃は効かないのでは?」
「うむ。しかし例外があったのだ。それは回復系の魔導だ」
回復系……。なるほどそういうことか。僕は回復魔導に成功したことがない。だからアンデッドの被害地に行っても無意味なのだろう。
巨漢先輩ファンモが、僕の肩に手を乗せる。
「アンデッドは俺たちに任せておけ」
「すみませんが、そうさせていただきます」
皆はアンデッドによる被害地へ。僕は『命の魔水』のある北の国へ。
たまたま方角がいっしょだったので、途中まで同行した。
この面子を見て思った。『梟たちの茶会』の全員が、超エリート級の魔導師だ。どんな冒険者パーティよりも強力ではなかろうか。
やがて見慣れた山々の風景になってきた。
ああ、ここって……。僕の育ったアテラ王国のすぐそばだ。
孤児院の皆は元気にしているだろうか。
だけど僕はアテラ王国から追放された身だ。もう入国はできない。
もし無理に入り込めば、額につけられた焼き印が浮き出てしまう。
おや? 何やら騒がしいぞ。
近場の村か集落で暴動や一揆でもあったのだろうか。
悲鳴のような声。それと猛獣の咆哮のような声。
「行ってみましょう」と巨乳先輩スウ。
僕たちは声の方へと急いだ。
アンデッドの集団を発見。
ここはまだアテラ王国の国外だというのに。
あっ、あの壊れた馬車は……。
どうやら大規模な行商隊が襲われたらしい。
残念ながら、駆けつけるのが遅かったようだ。
もう人は誰もいなかった。きっと皆食われたのだ。
アンデッドの集団は僕たちに気づいたようだ。
強面先輩オーグヌスが大声をあげる。
「ヤツら、こっちにくるぞ。やってやろうぜ」
アンデッドとの戦闘が始まった。
もちろん聖水はない。だから僕は何もできなかった。
ほかの皆は回復魔導での攻撃を、ひたすら繰り返している。
多くの先輩たちが敵一体を仕留めるのに苦労している中、一人だけ異質な先輩魔導師がいた。仙人先輩ガロットだ。彼は一度の回復魔導で五、六体を、確実に消滅させることができた。さすがは『梟たちの茶会』の代表者だ。
ああ、僕はただ見ているだけなんて。皆に貢献したい。
どうして回復魔導が使えないんだろう。呪魔導でなんとかならないものか。
両手を前に突きだした。
「やめとけ。シドには無理だ。アイツらは灰になろうが、斬られようが、溶かされようが、すぐに再生してしまうんだ。回復魔導でやらない限りはな。無駄なことにスタミナを消耗させるもんじゃない」
と巨漢先輩ファンモ。
残念だけど彼の言うとおりだ。僕は手をおろした。
先輩たちはかなりの数のアンデッドを消滅させた。それでもアンデッドは次々と湧いて出てくる。本当にキリがない。むしろヤツらの数は増えてきていた。
先輩たちの顔に、疲労が見られるようになった。
いま僕にできることって、本当にないのだろうか?
あっ、そうだ! 土系魔導なんてどうだろう。
うまくいけば『底なし沼』で沈められるのでは?
とにかくやってみよう。
そらっ、呪魔導を喰らえ!
地面の土がアンデッドの集団を呑み込んでいく。
これはいい。やったか?
ところが、地底へと完全に沈むことはなかった。地面にプカプカと浮いている感じだ。この光景、まるで水面に漂う丸太のよう。手足をバタバタさせているが、泳いでいるつもりなのか?
それでも足止めになっていた。ヤツらは僕たちに襲いかかることができない。呪魔導が少しは役に立っているようだ。ならばと調子に乗る。地表でモゾモゾするアンデッドに、ファイアボールを放ってみた。
アンデッドに着火。大きく燃えあがり、たちまち灰となった。でもまた再生してしまうのだろう……。
あれれれ?
おかしいぞ。いくら待ってもアンデッドは再生しない。まさか僕の呪魔導、アンデッドにも効果があったのか。だったら他の呪魔導も試してみよう。
覚え立ての瘴気を喰らわせてやった。アンデッドの体が、みるみるうちに腐食していく。そして黒い煤となって消えていった。
目を丸くする強面先輩オーグヌス。
「おい。何故、お前の魔導がアンデッドに効くんだ」
「僕だって知りませんよ」
瘴気の呪魔導の効果は、敵全体でも敵単体でも変わらなかった。
だから効率よくアンデッド全体に攻撃。
消えたアンデッドは復活してくるようすがない。新たにやってくるアンデッドもなさそうだ。どうやら僕の瘴気の呪魔導で、アンデッド壊滅に成功したようだ。
あんぐりと口を開けている仲間たち。
最も驚愕していたのは、仙人先輩ガロットかもしれない。
「回復以外の魔導でアンデッドを片付けた? こんな話、聞いたことないぞ!」
僕に言われても困る。
「呪魔導って、とことん強力なのね」
という幼女先輩ミリイに、巨乳先輩スウが首肯する。
「シドの呪魔導って、ガロットの大魔導を完全に凌駕してるわ……」
ゴホンと咳払いする仙人先輩ガロット。
巨乳先輩スウは肩をすくめた。
「あっ、ごめんなさい」
僕の育ったアテラ王国は、すぐそばにある。ここにアンデッドが出たということは……。気になったので仙人先輩ガロットに尋ねてみる。
「いま支援に向かってる国って、アテラのことだったのでしょうか」
「そうだ。アテラ王国の各地でアンデッドが発生しているらしい」
狐目先輩テチオンが肩を叩く。
「もしかしてシドはそこの出身だったとか」
「はい、以前にもそう話しましたけど?」
「……」
今度は巨乳先輩スウ。
「だったらシドもいっしょに来ればいいのに。故郷の危機なんだから」
「いいえ。確かに気になりますけど、フィアとの約束を優先します」
「それってちょっと冷たくない?」
「実は僕……国外追放にされたんです。入国できません」
皆の声がハモる。
「「なんだって!?」」
僕は目の色のせいであることを説明した。
アテラ王国において、空色の強膜がどんな意味を持つのかも含めて。
巨漢先輩ファンモが首肯する。
「そっか。アテラ王国を助ける義理なんてないよな」
「義理云々よりも、純粋に急いでいますので」
ここで仲間たちと別れた。
先輩たちはアテラ王国へと向かっていく。
僕はさらに北方を目指した。
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