2.二人の思い出
2.二人の思い出
眼前にいる彼女は、僕のよく知っているクリルだった。
「久しぶりね、シド」
「うん、まさかクリルだったなんて」
「さっきは助けてくれてありがとう」
「ううん、無事でよかったよ」
それにしても、ずいぶんと大人っぽくなったものだ。
すぐに彼女だと気づかなかったのも当然だろう。
「シドが大人っぽくなってたから、わたしビックリしちゃった」
おっと、また先に言われてしまった。
「クリルだって同じだよ。もうすっかり大人だね」
「そう? とにかく本当に懐かしいな。七年ぶりかしら」
「だね。クリルが孤児院を出て、もう七年……」
「シドはその後ずっと孤児院にいたの?」
「うん。成人するまで、ずっとそこにいたよ」
孤児院にいられるのは、成人となる十五歳の誕生日までだ。
といってもウチの孤児院では、誕生日の不明な子がほとんどだった。
僕たちの誕生日は、たいてい『仮』のものでしかなかった。
「じゃあ、つい最近まで孤児院にいたわけね」
「そういうこと。僕には引き取り手なんて現れなかったし」
だいたい里親の現れる孤児の方が珍しい。ちなみにクリルの場合、事故で娘を失った夫婦に引き取られていった。その夫婦の住まいは遠い外国だった。
クリルが僕の顔をじっと見つめている。
顔に穴でも空きそうだ。なんだか照れる。
「ねえ。このダンジョンにいるってことは、シドも冒険者になったの?」
「まあ一応。少し魔導が使えたから、魔導師の資格をとったんだ」
「あら、偶然! わたしも魔導師になったのよ。シドと同じなんてうれしいわ」
僕だってうれしい。幼い頃は『冒険者になりたいね』などと、よく言い合っていたものだ。二人とも夢が実現していたなんて。
彼女に腕をぐっと引っぱられる。
「ちょっと来て、シド」
「どうしたの」
二人でさっきの魔物の前に立った。
その大きな死骸を、彼女が指差す。
「いったい、これ……どういうこと?」
「ああ、それ、陸生巨大蟹亀だよね」
「もぉー、シド。さらっと言わないで」
「えっ?」
「シドはこの陸生巨大蟹亀をやっつけたのよ!」
「そ、そうみたいだね」
「この魔物、ドラゴンと同等の防御力があるって知ってる?」
陸生巨大蟹亀は硬い甲羅を持っている。だから息の根を止めるのは至難の業。上級冒険者ですら手を焼くと聞いている。
僕だって、一人で倒せたことが不思議でならない。
だからこう言うしかなかった――。
「まぐれだよ。まぐれ」
実際、まぐれ以外に考えられない。
「まぐれだけで陸生巨大蟹亀を倒すって、普通ありえないと思うんだけど」
そう言われても困る。僕自身ですら理解できていない。陸生巨大蟹亀を倒すほどの上級冒険者ではないどころか、冒険者としてもほとんど初心者なのだ。
だからこんなふうに彼女に問うことにした。
「それじゃ、なんで僕がいま一人でここにいると思う?」
「さあ。でもヘンね。普通はパーティ仲間とくるはずなのに。どうして?」
「魔導師として役に立てなかったからよ。さっきパーティを追放されたんだ」
クリルが目を丸くする。
「えっ、追放? 嘘よ。仲間をダンジョンの中でって、そんなパーティがある? 生死にもかかわることなのに」
でもそれが事実なんだ。
「僕の能力がそれほど劣ってるってこと」
少なくともそれが仲間たちからの評価だった。
まあ、その評価が正当なものか否かは別として……。もし陸生巨大蟹亀を倒すほどの優秀な実力者だったら、追放なんてありえなかっただろう。
「信じられない。だってシドは陸生巨大蟹亀をやっつけたのに」
「だからこそ、さっき言ったとおり、それが『まぐれ』なんだ」
首を左右させるクリル。
「でも納得できないわ。もう一度これをちゃんと見て。強大な魔物の死骸。目の前にあるものが事実よ。シドには実力があるの。パーティ仲間の目が節穴だっただけに決まってる」
買いかぶりすぎには困ったものだ。
もう何を言っても信じてくれないだろう。
ならばさっさと話題を変えたい。
僕にも気になることがあったし。
「逆にクリルこそ、どうして一人でいるのかなぁ」
僕のように追放されたのか? あるいは、はぐれたのか? それともパーティが全滅して、一人だけ生き残ったのか? 彼女からはこんな返答があった。
「ダンジョンの仕事は終わったけど、落とし物しちゃって」
えっ、だから一人で戻ってきたって? 危険すぎるにもほどがあるよ!! たかが落とし物くらいで。クリルはまったく何を考えているんだか。
「パーティ仲間はついてきてくれなかったの? 皆、冷たいんだね」
「そうじゃないわ。わたしが何も言わなかっただけ」
「はあ? どうしてさ」
彼女はこう説明してくれた――。
クリルはパーティの正式メンバーではなく、『雇われ魔導師』だったとのこと。その契約はダンジョンを出るまでの一回限り。いったん仕事をやり遂げれば契約終了となる。ビジネスの繋がりの消えた相手には、ダンジョンに戻ることを頼むなんてできないものらしい。
だからって、一人で来るなんて無茶だ。
それほど貴重なものを落としたのか。
「で、落とし物は見つかった?」
「うん、見つかった」
クリルはそれを見せてくれた。
「あっ」
僕は思わず声を漏らした。
星形のブローチ――。
それについてはよく覚えている。
彼女が孤児院を離れることになったとき、子供たち皆でおカネを出し合って贈ったものだ。当然、超安物だ。でもそれをずっと持っていてくれたのか。しかもダンジョンの中まで拾いにくるなんて……。
そういえばそうだった。彼女は物を大切にする子だった。ペンにしろノートにしろ、とことん使い尽くしていたっけ。
ああ、いっしょに過ごした日々が懐かしい。
負傷したクリルを負ぶって歩く。
思い出話に花を咲かせながら、二人でダンジョンを抜け出た。
外の眩しい日差しを全身に受ける。
町の薬屋で回復薬を買った。
クリルの足はすっかり良くなった。
雇われ魔導師の仕事を終えたクリルは、国に帰らなければならない。いま住んでいる国は、大河をくだった先にあるそうだ。でも帰国する前に、ちょっとだけウチに寄ってもらうことになった。
アパートが見えてきた。
「あそこが僕のアパートなんだ」
「まあ、可愛いおウチね」
「別に可愛くなんか……。単に小ぢんまりしてるだけだよ」
「ううん、オシャレだってば」
僕は小さなアパートの部屋にしか住めない。
本業にしろ副業にしろ、僕だけ分け前が少ないためだ。
やっと到着。玄関の前に立った。ドアに手をかける。
ガタゴトと馬車の音。道を歩く人々の話が聞こえた。
「立派な馬車だな~」
「貴族でも乗ってるのか」
「わたしも乗ってみたいわ」
四台の立派な馬車だった。
僕のアパートの前に停車。
高貴な感じの老人がおりてくる。
軍服を着た兵士もぞろぞろと出てきた。
皆、こっちへと歩いてくる。
どうして僕の小さなアパートに?
「あの……。なんの用でしょうか」
「いまから来てもらう」
「へ?」
たちまち兵士たちに囲まれた。
強引に馬車に乗せられる。
これじゃ、まるで拉致だ。
「お、おろしてください」
「拒否権はない。新国王陛下の命令だ」
国王といえば先日即位したばかりだ。
どうしてその国王が僕を?
クリルが叫ぶ。
「シドぉーーーーー」
老人が横目を送る。
「なんだ、あの小娘は。お前の仲間か?」
「そうです。僕が突然馬車に乗せられたのですから、そりゃ驚きますよ」
「ふむ。仲間ならば、その小娘も乗せろ」
敬礼する兵士たち。
「はいっ、ただちに」
僕は慌てた。
「どういうことかは知りませんが、彼女は無関係のはずです!」
老人が怒鳴り声をあげる。
「仲間だと肯定したばかりではないかっ」
「ですけど……」
「黙れ! お前の発言を禁止する」
クリルも馬車に乗せられた。僕の隣に座る。
ああ、僕のせいだ。彼女に申しわけない。
四台の馬車が走り出した。
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