19.女の子との再会
僕は魔導サロン『梟たちの茶会』に仲間入りした。
まだ眠っている魔導の力を、もっと引き出したかったからだ。
そこに迎え入れられたことで、先輩たちの名前がわかった。
でも僕は他人の名前を覚えるのが苦手だ。
僕が挨拶を済ますと、仙人先輩ガロットが笑いかけてきた。
「それにしても、こんなに早くやってくるとは思わなかったぞ」
「でも、僕、ここにすんなり来られたわけじゃありません」
「当然だ。初心者が魔法陣を越えるには、普通は何日もかかるものだからな」
「とにかく苦労しました。魔法陣の前では考え込んでしまいましたし」
すると幼女先輩のミリイが言う。
「この子……シドったら、魔導をうまく操って入ってきたんじゃないのよ。魔法陣を無理に壊して入ってきたの。もうビックリ」
「なんと、魔法陣を強行突破してきたのか!! 魔法陣は壊せるものではないはずだが。前代未聞だ」
仙人先輩ガロットの話に、狐目先輩のテチオンがうなずいた。
「本当だよね。まったくの規格外。将来が楽しみだ。シドならば魔仙に面会が許されるんじゃないかなぁ」
「魔仙?」初めて聞く言葉だった。
「我々魔導師から、神のように崇められているお方だよ」
「そんな立派な方ならば、僕、怖くて面会できませんね」
「面会なんて普通は不可能だけどね。そうだ、仙花のことだけど……」
「僕は盗んでません。小さな子供からもらったものです」
ハハハと狐目先輩テチオンが笑う。
「疑ってるわけじゃないよ。だけど、もし『子供』じゃなくて『老人』だったら、その人物が魔仙って可能性もあったんだけどね」
仙人先輩ガロットは「どれどれ」と、僕の白い芋の花を観察する。
「うーむ。仙花によく似ている……。これは本物かもしれないな。しかし小さな子供とは、いったい何者なのだろう」
三日後、小さな山をふたたび一人でのぼった。
山頂の白い花畑はすっかりなくなっていた。小さな女の子の姿もない。
また会えるような気がしていたけど、きょうは来ていなかったようだ。
魔導サロン『梟たちの茶会』に入会してから、ずっと魔導の勉強や修行に打ち込んできた。だから、かなり体がなまっていることだろう。よしっ、運動不足解消のためだ。またアレでもやってみるか。
大道芸アクロバットの練習だ。なかなかいい運動になる。
バク転、バク宙、前宙、バランス倒立……。
パチパチパチパチパチパチパチ
拍手が聞こえた。
四阿に誰かがいる。例の女の子だ!
さっきまでは誰もいなかったのに。
「良かった。お嬢ちゃんにまた会いたいと思ってたんだ」
「うん、知ってた。また会いにくると思ってた」
ずいぶんと自信家のようで。
「ところで、お嬢ちゃん。お名前、聞いてもいい?」
「フィアだよ。お兄ちゃんは?」
「僕はシド」
「ふふふふ。シド。シドシドシドシドシド。可愛い名前」
「それ、僕が言うべき台詞……」
僕が彼女に会いたかったのは、聞きたいことがあったからだ。
「この前、芋の花をもらったけど、フィアはどうやって手に入れたのかな」
「ふふふふ。シドっておかしな子。だってここに咲いてたでしょ?」
「じゃあ、誰かがこの山に植えたんだね。もしかしてフィアが?」
「ううん、ここで自然に咲いたんだよ」
自然にねえ。
魔導サロンの皆は納得するだろうか。
「それじゃ、話は変わるけど……。フィアは魔仙っていう人を知ってる?」
「ううん。そんな人、知らなーい」
「ならばもう一つ。キミの正体を正直に教えてくれないか」
「フィアはフィアだよ」
フィアが魔仙ではないかと少し思っていたが、否定されてしまった。あるいはシラを切っているだけなのか? 彼女はただ無邪気に笑うだけだった。
「シド、きょうはわたしのおウチに泊まっていきなよ」
「それはできないんだ。あしたは朝から魔導の勉強があるから」
「どんなふうに魔導の勉強してるの?」
「いろいろさ」
面白そうな魔導書を見つけて持ち寄ったり、魔導そのものについて議論したり、魔導師としての使命について考えたり、魔導古文書の解読を試みたり、魔導実技の特訓したり……。魔導サロンとはそういうところだ。
「勉強ならわたしが教えてあげるよ」
そんな……。足し算や文字の読み書きじゃないんだぞ。
「フィアはどんなものを僕に教えられるのかな」
「シドは呪魔導について知りたいんじゃない?」
えーーーーーーーーーーーっ。
僕は耳を疑った。
いまフィアは『呪魔導』と口にした。
あまりにもさらっと。
「そ、そうだけど。だいたいフィアの家ってどこなんだ」
「すぐそこだよ。ほら」
あっ。
小屋が建っている。さっきまでそこは四阿だったはずだ。
これはフィアの魔導なのか。仮にそうだとしたら、魔仙ってやはり……。
少なくとも一般の子供が、『呪魔導』なんて言葉を知っているはずがない。
その夜、僕は小屋に泊めてもらった。
小屋に住んでいるのは彼女一人だった。
僕は『梟たちの茶会』ことを彼女に話した。
彼女は呪魔導のことを教えてくれた――。
ある古の民は現在も生き続け、龍神族と自称している。
目の強膜が呪竜のものと同じだからだ。
龍神族は恐ろしい魔導を持っている。それが呪魔導。
あまりにも危険なため、二十歳までは目の中にそれが封印される。
呪魔導は命を奪うための呪われた魔導。
呪い殺し、呪い壊す魔導。
最強かつ最悪の呪魔導ゆえに、龍神族は太古の昔より迫害されてきた。
それでも彼らは人々に報復することなく、身を隠すことを選択した民族。
彼女は言った。穏やかで高貴な民族であることに誇りを持つべきだと。
朝が来た。
フィアの姿はなかった。小屋もない。
僕は四阿の中で寝ていたのだ。
彼女はどこへ消えていったのだろう。
本当に魔仙ではないのか……?
一人で町に帰った。
いつもの丘をのぼっていく。てっぺんには広場がある。
そこの魔法陣が魔導サロンの入り口となっている。
魔法陣の前で先輩たちが集まっていた。
何をしているのだろう。
誰一人として、地面の魔法陣の中に入ろうとしない。
入らなければ、魔導サロンの空間に行けないのに……。
あれ? きのうまでの魔法陣より大きく見える。
気のせいだろうか。いいや、そんなことはない。
明らかにきのうより大きかった。
先輩たちに声をかけてみた。
「あのう。何してるんですか?」
くいっと肩をすくめる幼女先輩ミリイ。
「たいへんなの。あたしたち、魔法陣の中に入れなくなっちゃった」
なんだって!?
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