16.魔導サロン『梟たちの茶会』
目の前にいるのは四人。この人たちこそ、魔導サロン『梟たちの茶会』の人々に違いない。僕は心の中で、端から一人ずつ、見た目で『あだ名』をつけていった。
1.巨漢先輩 2.巨乳先輩 3.幼女先輩 4.狐目先輩
僕が挨拶すると、彼らは返事もせず上を向いた。
上にあるのは大きな魔法陣だ。
魔法陣はさっきまで――すなわち闇に包まれる前まで――地面に描かれていたのに、どうしていま真上にあるのだろう? しかも魔法陣は割れたままだ。
巨漢先輩がポツリと言う。
「なあ。そいつ、魔法陣を壊したぞ」
他の三人は相槌すら打たず、ただポカンと口を開けている。
もしかして壊してはいけなかったのか。
魔法陣を壊さずとも来る方法があったのか。
大きな溜息を吐くのは、狐目先輩だった。
「キミは強引すぎる。とんでもないことをやってくれた」
「とんでもないこと……でしたか」
僕は怯えて身を縮めた。
「魔法陣が壊れたんで、この時空からは二度と戻れなくなった」
「えーーーーーーーーっ!」
ちょっとちょっと。時空って? 戻れなくなった?
あらためて周囲をきょろきょろしてみる。
ここはどこなんだ。闇に包まれる前の場所と違うのは、明白だけど……。
地面から土がなくなっている。いま僕は硬い石のような床に立っていた。
それまで見えていた遠い山々も、太陽も、青い空もない。
ただ床と空間が延々と広がっているだけだ。
ああ、僕はなんてことをしてしまったんだ。
悪夢だ。もとの場所に戻れなくなったなんて。
どうしたらいい……。すべて僕のせいだ。
謝って済むような話ではないけれど、謝罪は必要だ。
「すっ、すみませんでしたぁーーーーーーー」
「嘘だけどね」
さげていた頭をあげる。
「嘘!? ビックリした。驚かさないでくださいよ~」
普通、冗談のあとは笑顔でいっぱいになるものだ。
しかし誰一人としてそんな顔は作らなかった。
巨漢先輩が重々しく口を開く。
「なんの目的でここへ?」
「先輩方の仲間に入れていただきたくて」
「仲間に入ってどうする?」
「魔導を向上させたいと思いまして」
「誰の紹介があった?」
「いえ、その……紹介とかは別になかったですけど」
「帰れ。認めることはできない」
魔導サロンに入ることを、拒否されてしまった。
せっかく苦労してここまで来たのに。
巨乳先輩が巨漢先輩の裾を引く。
「ねえねえ。でもこの子、魔法陣を壊してみせたのよ。面白いと思わない?」
おっ! ありがたい。味方してくれるようだ。
しかし巨漢先輩が呆れ顔する。
「あのなあ。そいつの能力で壊れたわけじゃないだろ」
「あら。壊れたのが偶然だった、とでも言いたいの?」
「当たり前だ。人に壊せられるものか」
「でも偶然なんかで壊れるかしら。偶然という方が無理よ」
「いいや、偶然に決まってる。さっさとそいつを追い返すんだ」
ここで狐目先輩が僕に問う。
「キミ、魔導は得意?」
正直に言えば得意ではない。
だけどここではこう答えるのがベストだと思った。
「魔導師の資格は持ってます。魔導師として冒険もしてきました」
狐目先輩が質問を続ける。
「得意魔導の属性は?」
「扱いやすいのは火系ですが……」
「ほう。ならば魔導で火を起こしてみせてくれないか」
「はい、こうですか?」
てのひらに炎を起こした。
「もっと大きく」
呪魔導取得以前ならば、この大きさが限界だった。だけどいまの僕はこんなものじゃない。狐目先輩に言われたとおりに炎を大きくした。当然、てのひらに収まるはずもなく、頭上高くに移した。いままでで最も大きくなったかもしれない。
「もっともっと大きく」
「すみません。これが限界です」
狐目先輩はまるで焚き火にでもあたるように、てのひらを頭上の炎に近づけた。
「うーむ……。小さいうえに低温。低レベルの魔導だね」
「僕の炎、これでもまだ小さいですか」
巨漢先輩が話に割って入る。
「お前の炎を見た限り、見込みはない。さあ、帰った、帰った」
魔導が不完全なので、僕は認められないってことか。ここに来た理由こそ、魔導が不完全だからなのに……。あんまり納得してないけど、諦めるしかなさそうだ。
「わかりました。残念ですが帰ります。でもどうやって帰ればいいのでしょう」
この不思議な空間のどこに、出入り口があるのだろうか。
狐目先輩は杖を差しだした。
「この杖の先に火をつけて、こんな形の魔法陣を床に描いたらいい」
紙に書いた魔法陣のサンプルを見せてくれた。
魔法陣の形を目視で覚え、杖を受けとる。
「そのとおりにですね。やってみます」
「ただし元の空間に戻ったら、ここのことは誰にも話すんじゃないよ」
「はい。秘密というのでしたら」
左手に杖を持ち、右手で極小ファイアボールを打つ。
杖に着火した。その先端がしっかりと燃えている。
硬い床に杖を押しつける。接触部分が黒く焦げた。
こうして焦すことで、床に曲線を描けばいいのか。
杖についた炎で、魔法陣を描き始める。
「あちちちち」
僕は杖から手を放した。
杖の燃え方が早かったため、手で持っていられなくなったのだ。
床に転がった杖は、あっと言う間に燃え尽きてしまった。
ああ、失敗。失敗。もっと素早く描かなくちゃならなかったか。
「「「「えーーーーーーーーっ」」」」
声をあげたのは四人の先輩たちだ。
皆、目を丸くしている。
「あのう……。どうかされました?」
狐目先輩は何も答えず、新しい杖を差しだした。
「もう一度やってくれないか」
「わかりました」
今度はもっと素早く描かなくちゃ。
しかし結果は同じだった。描ききれなかった。
杖がすぐに燃え尽きてしまったのだ。
先輩たちがザワついている。
「ねえ。こんなことってあるの?」
「杖が燃え尽きるってどういうことだ。ありえないだろ!!」
「彼のファイアボール、かなり低温だったはずなのに……」
「もしかして一般の火とは、似て非なるものだとか?」
皆の視線が僕に集中する。
いや、そんな目で見られても……。
僕の魔導については、僕本人にもわからないのだ。
そのとき、また別の魔法陣が浮かびあがった。
眩しいほどに光り輝いている。
その魔法陣から一人の男が現れた。
巨漢先輩と同い年くらいに見えるが、ヤバいくらい強面だ。
僕は心の中で、彼を『強面先輩』と名づけた。
強面先輩がきょろきょろする。
「おう、皆、もう来てたのか」
彼の鋭い眼差しが僕に止まった。
「コイツ、誰だ」
「はじめまして。シドと言います」
「はあ?」
怖い。ちょっとビビった。
「あたしたちの仲間になりたいみたいよ?」
という幼女先輩に、強面先輩が目を細める。
「ほう。誰の紹介だ?」
「紹介者はいないっぽいんだ~」
「いない? なら無理だろ」
ここで巨乳先輩がいたずらっぽく笑う。
「この子、面白いの。わたしの紹介ってことでどう?」
「お前の紹介など却下だ」
「ぶぅうう。なによっ」
強面先輩はジロッと僕を見据えた。
「おい、お前。その花は……」
胸ポケットの白い花のことを言っているらしい。
「山で小さな女の子がくれたんです」
「嘘吐け。子供が持ってるはずなどない。それは世にも珍しい仙花だぞ」
「でも持ってたんです。山にも咲いてました。これ、仙花って言うんですか」
「とぼけやがって! どこで盗んできた」
「盗むなんて……」
強面先輩はにんまりと口角をあげるのだった。
「いいだろう。俺がコイツを試験してやる。泥棒だろうがなんだろうが、合格したら、仲間になるのを認めてやってもいい」
合格したらこの魔導サロンにいていいようだ。それはありがたい。
しかし他の先輩たちが慌てだした。どうしたんだ……?
僕と強面先輩との間に、巨乳先輩と幼女先輩が入ってくる。
「タンマ、タンマ。本当に仙花? 何かの間違いよ」
「試験って。彼を殺すつもり?」
「単に一戦交えるだけだ。別に殺すつもりはない」と強面先輩。
「駄目よ。あなたが殺すつもりなくても、普通、死んじゃうでしょ」
「そうそう。あなたの場合、手加減ぜんぜん知らないんだから」
強面先輩が大声をあげる。
「黙れーーーーーーーーーーっ」
そして僕に顔を近づけてきた。
「おい小僧、試験してほしいよな? な? イヤとは言わせねえぜ」
「わかりました。ありがとうございます。僕、がんばります」
僕は感謝を込め、頭をさげた。
狐目先輩が頭を抱える。
「あっちゃー」
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