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12.牢馬車の同乗者


 目が覚めた。どうやら牢馬車の中で眠っていたようだ。

 牢獄のような車両の中で、監視の兵士たちは居眠りし続けている。

 まだ少し頭がぼんやりする。鎖でキツく縛られた体が痛い。


「起きた?」


 突然、声をかけられた。


 あれ? こんな人、いっしょに乗ってたっけ。

 彼は身なりからすると、監視の兵士ではなさそうだ。

 おそらく僕と同じ国外追放の受刑者だと思われる。

 僕の居眠り中に、別の場所から乗せられてきたのだろう。


 その人物の声はやや高く、体は僕より一回り小さい。まだ子供のようだ。

 色白で長い睫毛まつげのイケメンだが、坊主頭でなければ女に見えていただろう。

 ただ……なんとなく怪しい感じがする。


 彼への返事を保留にして、のぞき穴のような小窓から外を眺めてみた。

 ここは大草原のド真ん中だった。遠くに見知らぬ山が見える。


「もう出国は済んじゃったよ。この辺りは国と国との間。どの国にも属さず、人も住まない不毛の地だ」


 ここがどこかなんて、僕には興味のない情報だった。

 だから「ふうん」と返事するだけにしておいた。

 すると彼はこんなことを言ってきた。


「ボクがキミをこの牢馬車から逃がしてあげるよ」


 ますます怪しい。僕は断った。


「別に逃げたいわけじゃない。どこへでも連れていかれるさ」

「そ? 案外つまんない人だね」

「そもそもキミは誰だい?」

「ボク? 誰だと思う?」


 知らないから問うただけなのに、聞き返されてしまった。


「さあね。でも悪い罪人なんでしょ?」

「ボクって悪い罪人に見えるのかな」

「見えるってか……。牢馬車に乗ってるし、監視の兵士でもなさそうだし」

「だったらキミも、これに乗ってるんだから、悪い罪人ってことでいいんだね?」


 あー、もう。わかった、わかった。


「キミのこと、悪い罪人だと決めつけて悪かった」

「ボクこそゴメン。きちんと答えなかったからね。ボクが誰なのか話そう」


 彼はこう話してくれた――。


 彼の祖父は最近まで神官長を務めていた。神官長という立場から、国王に奏上したことがあった。『第一王子は品格に問題があるため、王位継承者候補から外すべきである』と。


 しかし次期国王を指名する前に、国王が没してしまった。結果、神官長の反対する第一王子が王位に就いた。


 新国王は神官長および妻子を処刑。神官長の孫だけはどうにか処刑を免れた。だがこうして国外追放の刑を受けている。


「ああ、そうか……。最近、神官長も代わったばかりだったね」


 話を聞く限り、理不尽にしか思えなかった。彼は何も悪いことをしていない。それなのに受刑者となったのだ。僕のケースと同じだ。


「もう一度、キミに問いたい。ボクと逃げない?」


 彼の提案に、僕は今度も首を左右させた。


「さっき言ったとおり、僕は逃げるつもりはないよ」

「ボクと手を組んでほしいんだ」

「組んでどうするのさ」

「やるべきことは、もちろんあの国への復讐だよ」

「キミの気持ちはわかるけど、そういうのは興味ないから」


 彼は残念そうに、くいッと首をすくめる。


「わかったよ。キミを無理に巻き込むわけにはいかないしね」


 僕に背を向け、眠っている兵士に近づいた。

 両手が鎖で繋がれているため、足先で兵士の服を探る。


「おいおい、兵士が起きたら怒られるぞ」

「大丈夫。ボクの強力な魔導で眠らせているから」


 兵士のポケットから鍵を見つけたようだ。

 その場にしゃがみ、足指で鍵をカチャカチャする。

 錠は外れ、鎖が解けた。彼の両手は自由となった。


 なんて器用な。


「キミの鎖も解いておこうか」

「いいよ。このままで」


 僕が拒否すると、彼は車両のドアに手をかけた。

 兵士から奪った別の鍵でドアを開け、外に出ていった。

 本当に脱出してしまうとは。



 外が騒がしくなった。


 この牢馬車を見張るため、数台の馬車も走行している。

 それらの馬車に乗った兵士が騒いでいるのだろう。

 騒がせているのは、当然、彼に違いあるまい。


 ただ、騒ぎの声に違和感を覚える……。


「急げ、急げ。追いつかれてしまうぞ」

「マズい。もっと早く馬を走らせろ」

「駄目だ、囲まれた~」


 いったいなんのことを言っている? 彼が何をした?

 牢馬車の小窓から外の様子をうかがう。



 えーーーーーーーーーっ



 野犬の群れに囲まれているではないか。

 彼の姿は見つからない。逃げるにしてもタイミングが悪すぎたようだ。


 しかしどうして兵士たちは野犬ごときに怯えている?

 たかが数十頭の群れだぞ。

 

 いいや。


 よく見てみると、野犬ではなさそうだ。

 一つの体に三つの頭。ケルベロスではないか!


 牢馬車も見張りの馬車も停止した。


 兵士たちが見張りの馬車をおりていく。

 ケルベロスの群れを相手に、彼らは勇敢に戦い始めた。


「おい、起きてくれ!」


 この牢馬車内で眠る兵士たちを起こす。しかし強力な魔導で眠っているため、なかなか起きなかった。それでも足で蹴り続けると、ようやく目を覚ましてくれた。兵士たちは外の様子を確認し、慌てて牢馬車から飛びだしていった。


 それよりも、ここから脱走した神官長の孫のことが心配だ。

 よりによってこんなときに……。タイミングが悪すぎる。


 ケルベロスと戦う兵士の一人が負傷し、また一人が負傷した。

 互いに回復魔導をかけ合っているが、兵士側の全滅は時間の問題だろう。


 僕と言えば、車両の中で手足を縛られたままだ。

 皆を助けたくとも、これでは何もできない。


 やがて兵士が次々と牢馬車に乗ってきた。

 つまりケルベロスには歯が立たず、逃げ込んできたわけだ。

 いくら頑丈な車両だといっても、いずれはケルベロスに壊されるだろう。


 攻撃する者がいなければ、ただやられるだけだ。


「兵士のどなたか、僕を鎖から解いてくれませんか?」

「できるわけがなかろー!」

「だけど僕ならば、アレらを追い払えるかもしれないんで」


 しかし兵士は僕を無視。


 じゃあ、どうすんの……?

 皆、ケルベロスに食べられるのを待つだけだぞ。


 うーん。だったら僕自身で鎖を解けないものか。

 ウォーターカッターやカマイタチはどうだろう?

 いいや、駄目だな。危険すぎる。

 鎖だけじゃなく、体ごと切っちゃうかもしれない。


 ならばいっそのこと、この状態のままケルベロスを狙えないか?

 それも無理だ。こう拘束されていたら、うまく標的に当てられない。

 制御を誤って、兵士たちを殺してしまう恐れもある。


 だったらファイアボールなんてどうだ。

 もちろん魔物を直接攻撃するわけではない。鎖を焼き切るのだ。

 ただウォーターカッターやカマイタチとは違い、時間はかかるだろう。

 けれども扱い易さならば、ほかの魔導よりもマシだと思う。


 さっそく実行へ。生成したファイアボールが、宙をプカプカと浮いている。

 ただし炎はワザと極小なものにした。ピンポイントで鎖のみを焼くためだ。


 こっちに来い、こっちに来い、とファイアボールを誘導する。

 慎重に、慎重に……。これは取り扱いの難しい危険物なのだ。


 兵士たちはケルベロスに怯えるだけで、誰も僕を止めようとしなかった。


 鎖への着火に成功。思ったとおり、金属にも有効だったらしい。

 炎は小さいながらも、焼き切るまで消えることはなかった。


 僕は鎖から解放された。


 あらためて思う。小さな炎のくせに金属を焼き切るなんて……。

 やはり僕の魔導は普通ではなかった。【呪魔導】って怖いな。



 自由になった体でドアから外に出る。

 車両の屋根にのぼり、周囲を確認した。


 おお、いるいる。ケルベロスの群れだ。

 恐ろしそうな牙を見せながら吠えているではないか。


 残念ながら前神官長の孫の姿は見えなかった。

 うまく逃げてくれていたらいいのだけど……。

 車外で戦っている兵士は、もはや皆無だった。


 さて。ケルベロスを倒すため、どんな呪魔導を使ってみようか。

 まだやったことのない魔導を試したい気もする。


 ちなみに、いままでに使ってみた呪魔導は、火、水、風、冷の系統。

 土はまだだった。そうだ。呪魔導は土系も使えるのではなかろうか。

 じゃあ、それを試してみるか。



 いけぇーーーーーーーーーーーー



 地面に異変が起きた。


 僕がイメージしていたのは、ケルベロスが地面の泥濘に足を取られること。次に繰りだす呪魔導の準備や前置きにしか考えていなかった。


 しかしこの土系の呪魔導、そんな生やさしいものではなかった。ヤツらの群れが地面にのめり込まれていく。それはまるで底なし沼だった。


 子犬のようにきゃんきゃんと鳴くケルベロス。それらの群れは地面の底へと消えていった。そして二度と地上に浮き出てくることはなかった。土系の呪魔導って、こんなことができたとは。


 驚愕の声が聞こえた。


「な、なんだ。あの魔導は……」


 牢馬車のドアが開け放たれ、兵士たちがこっちを見ている。


 彼らは僕と目が合うと、震えながら身をすくめた。視線をすぐに切り、車両から出て走り去るのだった。まだ生きているすべての兵士が彼に続いた。


 車両は抜け殻のようになった。車両の外も兵士の姿はない。とても静かだった。馬にしたってケルベロスによって殺されている。


 取り残された僕は、前神官長の孫を探した。


 ケルベロスにやられていなければいいのだが。

 もしや……僕の土魔導の被害に遭っていたなら最悪だ。


 もし地中だったら探しようがない。

 地面の上を広範囲に探し回った。


 あっ、いた!! 見つけたぞ。

 前神官長の孫だ。


 彼の体は血まみれだった。

 ケルベロスの牙にやられたものと考えられる。



「おい、しっかりしてくれ!!」


 彼は目を開けた。


「キミかぁ」

「キミは神官長の孫だろ? 回復魔導で自分の傷を治せないか」

「無理だ。祖父のような回復魔導は使えないんだ」


 だったら僕が治さなくちゃ!


 いままで回復魔導に成功した試しはない。

 それでも今回ばかりは成功してみせる!


 そりゃーー、えいっ、えいっ、えいっ!

 治れ、治れ、治れ、治れ、治れ、治れ!


 くそっ、どうして僕は回復魔導を使えないんだ。

 どうして呪魔導では傷が癒やせないんだ。


「もういいよ。ボクは助からない」


 そんなことを言わないでくれ。

 血で真っ赤に染まった彼の体を拭う。


 えっ――――。


 それは僕の手が彼の胸部に達したときのことだった。

 間違いなく彼は……いいや……彼女はオンナだった。

 僕は慌てて手を引っ込めた。


「ご、ごめん」


 彼女の目が微かに笑う。


「バレてしまったようだね」

「男っぽい服装だったし、髪だってそうだし。だからてっきり……」


「これから一人で、しかも国外で生きていかなくてはならない。そう考えると怖くてね。男を装って生きていこうと思ったんだ。だから、こうして髪も丸めたのさ。そんなにじっと見られると恥ずかしいな。てか、キミには見られたくなかった」


「僕に見られたくなかった? まるで僕を知ってたみたいな言い方だけど」

「知ってたさ。なんたってキミは王都では有名人じゃないか」

「え?」


 彼女の手が僕の袖を掴む。


「ファンだったよ。キミの大道芸に魅了されてた」

「ファン……? ああ、そうだったのか。ありがとう」

「どこぞの国の王女様よりも、きっときっとわたしの方が熱狂的なファンだった」


 そういえば、彼女は僕の呪龍のような目を気にしていなかった……。

 彼女の手がだらりとする。


「しっかりしてくれ。もう喋らなくていいから」

「言わせて。わたしはとても幸せなのだと思う。キミの腕の中で死ねて……」


 彼女はそれ以上喋らなくなった。そして動かなくなった。


 彼女を助けられなかった自分を嫌悪した。

 彼女のために何もできなかった自分を恨む。

 せめて名前だけでも聞いておきたかった。


 彼女の死に顔は、とても穏やかなものに見えた。



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