1.追放と再会
「おい、シド。お前はここでクビだ。どこへでも行ってしまえ」
僕に追放を宣告したのは、パーティのリーダーだ。他のメンバーもうなずき、彼に同意を示している。
「どうして僕が? いままでいっしょにやってきたのに」
「お前の魔導が役立たずだからに決まってるだろ」
ここはダンジョンの中。凶暴な魔物を狩ってきた帰り道。この先も魔物に出くわす可能性は高い。僕のような経験の浅い冒険者が一人きりになるなんて、それは死ねと言っているようなものだ。
僕はこのパーティのために、一生懸命に頑張ってきたつもりだ。本当に追放されるほど役に立ってなかったのだろうか? いや、そんなはずはない。だって……。
「さっきホブゴブリンを倒せたのは、僕のファイアボールがきっかけじゃないか」
僕なりにアピールしてみた。
リーダーが聞き返す。
「お前の極小ファイアボールが何になったって?」
「そ、それはホブゴブリンの足に命中して、少し火傷したようだったし……」
嘘ではない。小さな炎だったが、ちゃんと着火はしたのだ。
「たったそれだけだろ。ファイアボールの炎が小さすぎる。あんなのがダメージになるものか。結局、首を切り落としたのは俺だし、お前以外の仲間二人の活躍も大きかったぞ」
仲間の一人はリーダーに褒められ、得意げな顔になった。僕に横目を送る。
「リーダーの言うとおり! だいたいシドの魔導はどれもお粗末なんだ。この前、ファイアボールの大きさを比べたときだって、リーダーに完敗だったじゃないか。わかるか、リーダーは剣士だぞ? お前は魔導師のくせに……。恥ずかしいヤツめ」
もう一人の仲間もこんなことを言う。
「まったくだわ。シドが報酬の『分け前』をもらうの、ずっと納得できなかった」
そんな……。
僕だってパーティには貢献してきたのに。
だから反論させてもらう。
「でも例の副業では、僕がいたからこそ成功したんだ」
このパーティでは皆である副業をしている。
僕はそこで大いに役立っていたはずだ。
「うるせ! あのくだらない副業はもう終わりだ。いまじゃ、本業の『冒険』だけでじゅうぶん食っていけるんだ。つまりシドはこのパーティに不要。完全に用ナシだ。とっとと失せろっ。二度とその顔を、俺たちに見せるな」
だからって……。
「いくらなんでも、危険なダンジョンの中で追放ってあんまりじゃないか」
「煩わしいっ。ついてくるな。お前はあっちの通路を行け」
リーダーが細い通路を指差す。
「いや、だってそっちは出口方向じゃないし」
「黙れっ」
リーダーの怪力パンチがとんできた。
僕は腹を打たれ、地面に倒れた。痛みでしばらく動けない。
暴力を受けることは日常茶飯事だが、なかなか慣れるものではない。
やっと立ちあがった頃には、もはやパーティ仲間の姿はなかった。
仕方なく一人で出口へと向かう。心細い。
僕一人で倒せる魔物なんて限られている。
この先、恐ろしい魔物と遭遇したらどうしよう……。
何がなんでも皆に追いつかなくちゃ。
しかし、いくら進んでもリーダーたちに追いつかない。
どこまで先へ行ったのだろう。
きゃああああああああああああああああああ
ダンジョン内に響く悲鳴。先に進んだパーティ仲間の声ではない。見知らぬ冒険者のものだろう。凶暴な魔物に襲われたのか? もしそうだとしたら、僕が一人で行ってどうなるものでもない。助けようとしたところで、ただいっしょに死ぬだけだ。
それでも僕の足は悲鳴の方へと向かっていた。
放っておけるわけがなかった。助けなきゃ。
いた。あそこだ!
若い女が魔物に襲われていた。片足を引きずっている。負傷しているようだ。それにしても、どうして一人で危険なダンジョンにいる? 仲間はいないのか? あるいは、他の仲間が食われてしまったとか……。おっと、いまは考えている場合ではない。
しかし魔物を目にした瞬間、僕は恐怖で身がすくんだ。
あの魔物……ギルド図書館の資料で目にしたことがある。陸生巨大蟹亀だっけ。黒くて巨大な図体。鉄の剣では傷すらつけられないほどの硬い甲羅。分厚い鎧さえも簡単に切り裂くハサミ。実際に見てみると、想像していた以上に迫力がある。
それでもやるしかない。たとえ強敵だろうと。
てのひらに意識を集中し、火を起こした。
陸生巨大蟹亀に向かってファイアボールを放つ。
見事命中! 陸生巨大蟹亀の甲羅に着火した。小さな炎をあげている。
だけどやはり炎は弱々しい。
少しはダメージになってくれればいいのだけど……。
甲羅の小さな炎はまだ消えていない。このまま燃え続けてくれ。
彼女を追う陸生巨大蟹亀の足が止まった。
どうやらヤツのターゲットは、彼女から僕に切り替わったようだ。
こっちに向かってくる。いいぞ。このまま囮になろう。
「いまのうちに逃げて!」
彼女に向かって叫び、ファイアボールをもう一度生成。
陸生巨大蟹亀に喰らわせる。また着火に成功。今度は大きなハサミに。
僕は背中を見せながら逃げていく。
陸生巨大蟹亀は恐ろしい魔物だが、足は速くなかった。
僕がゆっくり走っても、追いつかれることはなさそうだ。
だからといって、全力疾走で引き離してはならない。
ふたたびターゲットが彼女に戻ってしまうからだ。
不思議なことに、甲羅やハサミの炎はずっと燃え続けていた。
火ってなかなか消えないもんだな。
陸生巨大蟹亀の走りが徐々に遅くなっていく。
体が大きい分、スタミナがないのか。
とうとうヤツの動きは止まってしまった。
あれっ、どうした? もう追うのを諦めたか?
ヘンだな。ぜんぜん動かなくなったぞ。
ヤツにそっと近づいてみる。
えっ!?
どうしたことか、ハサミ全体が真っ黒に焦げている。
もともとヤツの体が黒っぽかったので、気づかなかった。
甲羅も全体が焦げてただれているではないか。
これってまさか、僕が倒した?
弱々しい炎がこんな強敵を?
ありえない。だって僕は劣等魔導士じゃないか。
陸生巨大蟹亀を倒せるはずがない。いったいどうなってる?
もしかして僕のファイアボールって……。
いやいや、まさかな。
僕はやっぱり劣等魔導師。地味な魔導しか使えない。
ファイアボールにしたって、剣士のリーダーにも劣るほどなのだ。
――このときの僕は、まだなんの自覚もなかった。弱々しい魔導の上辺だけしか見ることができなかった。しかし、もうじき自分の魔導の恐ろしさを知ることとなる。それは世にも恐ろしい【呪魔導】と呼ばれるものだった――
僕の視界に人影が映る。
足をひきずっている。さっきの彼女だ。逃げるように言ったはずなのに、こっちに来ちゃったのか。それじゃ僕が囮になった意味がないよ。陸生巨大蟹亀は死んだからいいものの……。
徐々に近づいてきた。
その姿が鮮明になってくる。
あらためて彼女を目にすることとなった。
眩しすぎる笑顔。それはまるで天女。
二つの美しい瞳にドキッとした。
あれっ?
古い記憶がふわりと蘇ってきた。彼女の顔に見覚えがある。
悲鳴に駆けつけたときは、ぜんぜん気がつかなかった。
だけど昔の面影がちょっと残っている。
僕は彼女のことをとてもよく知っていた。
見ないうちにすっかり成長したものだ。
ああ、なんだか涙が溢れそうだ。
キミは……と、僕の口が開きかかる。
「あなた、シドよね?」
彼女の方が早かった。
僕も遅れて声を発する。
「クリル……」
それが彼女の名前だ。口にするのも懐かしい。
でもどうしてこんなところに?
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