ダイビング
水の底は心地がいい。
現実では不可能だ。息をすべて吐き出さなければ底には着かない。かといって息を吐いてしまうと、胸が痛くなってかなわない。
だからこうして、ゲームの中でくらい、好きなだけ揺蕩っていたい。
水面のきらきらとした輝きを見るのもいい。そこから差し込む光が揺らめいているのを見るのも。魚が横切る影も、水流が体を撫でる感触もいい。
けれど、こんな時間は長く続かないのが常だ。耳障りなアラームが鳴って、視界に残り時間が映し出される。僕は、快適な水の底に別れを告げて浮上した。
ゲームセンターを出て、駅へ向かう。デッキを歩く、たった数分で汗が噴き出した。蝉も黙るような灼熱。吹いては去る風が、少しも心地よくない。
水の底は涼しかった。それは扇風機と音と映像で作られた、ただの錯覚のようなものだろうけど。
清潔感だか知らないが、白い壁もクリーム色のデッキも嫌いだ。眩しくてかなわない。路上パフォーマンスは視界にうるさくて、募金を求める怪しい呼びかけは鬱陶しい。
もうじき夏休みも後半戦、課外授業も終わる。学校帰りにゲームセンターに寄ることはできなくなるが、このクソ暑い中を歩く必要もなくなる。
家に帰ったら、ぬるい風呂に入りたい。頭の先まで沈んで、全身で水の重さと冷たさを感じたい。家のバスタブは小さいので、どうやっても足ははみ出るのだけども。
「……海」
旅行に行きたいね、と母が言っていた。あれは、リクエストをよこせということだろう。
「海、行きたいな」
地元の海水浴場じゃなくて、できればダイビングができるところがいい。ボンベ背負って、水の底まで行けるような。
ああ、それがいい。息が続く時間をうんと長くして、揺蕩ってみよう。




