夜を護る
斬る。斬る。斬る。
夜の闇に潜むケモノを。血肉を求める憐れな鬼を。
朝が来れば消えてしまうような悪夢を、毎晩、斬り続ける。
壁に叩き付けたケモノの首に、刃を当てる。命乞いを聞き流して、一突き。核を貫かれたケモノは、内側からめくれあがって、割れた核の向こう側に吸い込まれていく。
冗談みたいな量の血を吹き出しながら、合成音声じみた断末魔を吐き出して。異界の存在でも、死は怖いものなのだな、と、しみじみする。
「……汚い」
ケモノの血は、黒い。鉄錆と、腐った果実のような刺激臭。死骸が残らないことは幸いなのだろうけど、それならこの血も回収して欲しいものだ。
視界の端が光って、東の空を見る。山の端から、朝日が顔を出していた。朝がやってくる。首筋を撫でる風に身震いして、橙色の光を眺めていた。
夕方はあんなに長く感じるのに、朝は短い。あっという間に地面まで日の光が届いて、通りの硝子窓がうるさいくらいに眩しく光った。飛び散っていた血は日光に焼かれて消えていく。あれほど汚れていた刀も、顔も、すっかり綺麗になった、多分。
刀を収めて、帰路につく。仕事柄仕方がないとはいえ、昼夜逆転はどうも体が辛い。何が悲しくて、町が起き始めるのと一緒にベッドに入らなきゃいけないんだ。
こんなに科学が発展しているんだから、ケモノを自動で倒してくれるロボットとか、開発されないものだろうか。未だにされていないんだから、多分あとしばらくは、できないんだろうけど。
だから、今日も明日も、生身で、血を浴びて、ケモノを斬りに出るしかない。吐き気がするような見た目の奴に向き合って、耳に張り付くような鳴き声を聞きながら。
この町にも、ちゃんと朝が来るように。
「おはよう」
「うん」
アパートの前で、お隣さんが花壇に水をやっていた。こんな朝から元気そうなことだ。
「仕事帰り? 顔色悪いねえ」
「ああ、うん。今日も血をたっぷり浴びたから。気持ち悪くて。全身丸洗いしたいんだ」
「ふーん」
お隣さんはこっちを見て、上から下までじっくりと眺めてから、持っていたホースをちょっと掲げた。
「使う?」
「やだ」
「そう。お疲れ様」
シャワーみたいな水が、朝日できらきらしていた。闇に慣れすぎた目には、眩しくて、くらくらする。水滴の中に、虹ができていた。
「そうだ。花、もうすぐ咲くから、良かったら見てってよ」
片手を挙げるだけの返事をして、エレベーターのボタンを押した。
熱いシャワーとベッドが、私を待っている。




