恋というには
大学生は忙しい。
学業、サークル、アルバイト。ついでに一人暮らし。やりたいこととやらなきゃいけないことがいっぺんにやってくる。
「一日が四十八時間あればいいのにって思うよね」
その人は、駅での電車待ちで急に話しかけてきた。
「もうすぐ、お前のサークルに、カスミさんという人がやってくる」
電車がきて、俺はその誰かを振り返る。けど、座っていたベンチは空になっていた。
一週間くらい後、カスミという女の人が入部した。優しげで愛想のいい女子だ。うちのサークルは体育会系で、マネージャーの仕事は体力勝負になる。先輩方に散々心配されながら、カスミさんはサークルに馴染んでいった。
「カスミさん、可愛いだろう」
また駅での電車待ちで、隣の人に話しかけられた。声は少し違う気がするけど、あの時の人だと分かる。
「……カスミさんのお友達かなんかですか」
用語集から顔を上げてそっちを見ると、無精髭のオジサンがいた。
「んー、まあ。そうだったら嬉しいけど、嬉しくねえなあ」
「……なんで、」
電車が来る音で、俺の声はかき消される。オジサンはちょっと笑った。
「俺もカスミさんが好きだからさ」
電車に乗り込んで、質問の答えになっていないと気づいたけど、もうオジサンはいなくなっていた。
何で、俺がカスミさんと同じ大学で、同じサークルだって分かったんだろうか。
完全に一人だと思っていたのに、早朝の部室にカスミさんがいた。
「自主練? 寒いのにすごいねえ」
「……カスミさんは、何で?」
「練習試合の準備。授業も忙しいし、大学生ってなんだかんだ時間ないよねえ」
隣県の大学との練習試合は、細かいことはマネージャーに丸投げされている。俺と同学年だし、同じくらい授業があると考えると、まあまあの手間だ。
「……一日が四十八時間くらいあったらいいのにな」
俺が言うと、カスミさんは大きな目をぱちぱちとさせて、ぷっと笑う。
「ちょっと分かる」
何がそんなにおかしかったのか知らないが、気取らなく笑っている顔は、可愛いと思った。
カスミさんに告白された。部室で話してから、二ヶ月後のことだった。
……カスミさんは、多分、いい人だと思う。でも、それはサークルの同輩だからっていうだけで、恋人というと、なんか、違う気がする。同じサークルにもいい男はいっぱいいるわけで、別に、俺じゃなくたって。
「どうすればいいと思う?」
駅で、隣に何となく覚えのある人が座ったので、そう言った。
「お前はどうしたい」
「……好きだと思う。でも」
「でもじゃない。いいか少年」
誰が少年だ。もう二十歳だぞこちとら。
「人生には、取り返せない分岐点がある。悩んで、選んで、必ず後悔するところだ」
オジサンは、急に勢い付いて言った。
「だから、自分の感情に従え。……好きなら幸せにしてやれ」
電車の音がして、俺はベンチから立ち上がる。それから礼を言おうと思って振り返ると、もうオジサンはいなかった。
電車のドアが閉まる。恋というには青臭い感情を抱えて、大学生が去っていく。
「……カスミさんはなぁ、それは、それはいい人で、本気で結婚したいってお前は思うんだよ」
大学四年生の夏。ようやく予定が合ったので、海へ行こうと言ったのだった。
「だから、お前の目一杯でいいから、幸せにしてやってくれ」
しかしその日、約束の時間に、彼女は現れなくて。
「女友達に頼み込んで、指輪のサイズまで調べたのに」
クラクラするような夏の日差しの下で、
「……何で、なんだろうなあ」
彼女の訃報を聞いたのだった。




