呼ばれる
通学路に、河川敷がある。橋の下を通る道は、通学の時間はほとんど人がいない。少し早いと、ジョギングをする人がいたりするのだけど。時間に数分余裕がある日は、その道を通る。
橋の下はコンクリートの壁があって、そこに、雑多な落書きがある。時々新しくなったり消えたりしているので、私のあずかり知らないところで、何かの攻防があるのだろうと思う。その落書きの中のひとつが、私のお気に入りだった。不思議なことに、その落書きは消されたのを見たことがない。
橋の下とは言え、外気にさらされたコンクリートの壁であるので、落書きの色はたいていくすんでいる。けれどそれは、落書きの片隅に、いつも鮮やかな、目の覚めるような空色をして在った。
ドアの絵だった。枠にはまった、装飾の少ないドア。某国民的アニメのピンクのドアを思わせる形で、ただ、色だけはいつでも快晴の色だった。ぴたりと閉じたままのそのドアは、一年ほど前から見るようになった。それから、何度も壁の落書きは消されたり書き直されたりしているというのに、そのドアだけは変わらず、色あせず、上書きの痕すらなく残っている。少し神々しさすらあった。
近所の人が許可を取って描いて、こまめに描き直しているとかだろう。そんなふうに勝手に自分を納得させて、特に疑問も抱かずにそのドアの絵を眺めていた。
その日は何か違和感があって、私はドアの絵の前で足を止めた。相変わらずの綺麗なドア。の、絵。だけれど、何か……。
ああ、ドアが、少しだけ開いている。隙間もできないくらいわずかに、こちら側に。
私はドアに近付いて、まじまじと見た。ドアの厚みで、隙間が隠れてしまっている。隠されると気になるもので、このドアの向こうには何があるのだろうというのが、急に知りたくなった。ドアノブに手を伸ばすけれど、残念なことに、爪がかりかりと硬いものを引っ掻くだけだ。
明日には、もう少し開いているだろうか。
次の日、また少し開いていた。隙間から、向こう側の景色が見える。草原だった。地平線の果てまで、土の道が続いている。空と大地が混ざる場所に、何かがあった。隙間が小さすぎてよく見えない。
もう少し開いてほしい。そうしたら隙間から顔を入れて、向こう側を全部見ることができるのに。明日はもっと開いていないかな。そう思って、名残惜しいけれどドアの前を離れた。
今日は、全部開いていた。




