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ラプソディ

 歌が好きな幼馴染がいた。将来は歌手だなんて大人達がもてはやしていた。

 ミユが歌わなくなったのは、五年前。あの事故があってからだ。



 世の中は雑音に満ちている。それに音楽で蓋をしようとしても、結局その音楽も雑音になっていく。そうして雑音ばかりを聞き流していくと、自分がすり減って、その雑音の中に混ざっていくような感じがする。


「バンドやらない?」


 ……なんだろう。今、かつてないほど不快な雑音が聞こえた気がする。


「音楽、好きなんでしょう?」


 嫌々ヘッドホンを取ると、話したことのない女子が、僕の視界を占拠していた。


「……別に好きじゃないし」


 そう言ったのに、その女子は部室の場所と活動時間と歓迎のチラシを置いて行った。

 僕に楽器なんかできるわけがないのに。



 部室棟一階、三号室。

 ……来てしまった。どうして来たのか考えるのはやめにして、安っぽい鉄のドアをノックする。


「軽音部へようこそー!」


 中には、女子が二人、男子が二人いた。小さなカラーボックスの靴箱と、やたら年季の入ったちゃぶ台がまず目に入る。何故かコンクリートの床に畳が敷いてあった。

 いきなり来た僕に、軽音部は親切だった。何故日本茶と饅頭が出てきたのかは分からないけど。


「楽器はあるぜ。何やりたい? 工夫すればできるのあると思う」


 隣のクラスの、名前も知らない男子にいきなりそう言われても、こっちはその距離感についていけない。パーソナルスペースというものをご存知でないのだろうか。


「まあ折角来てくれたんだし、入る入らないは別にして、聞いてってよ」


 音楽棟の部屋を借りて練習するそうで、いそいそと四人が準備を始めた。ギター、ベース、キーボード、ドラム……。


「ボーカルは?」


 何気なく聞く。四人となると、ドラム以外は歌ったりするんだろうか。


「うちには自慢のボーカルがいるから」


 ……何だか嫌な予感がしてきた。

 音楽棟の防音室で、ミユが仁王立ちしていた。……やっぱり。


「待たせたね、トオル」


 別に待っていた気はないのだけれど。

 そこから楽器の準備を五分待って、僕のためだけのライブが開かれた。


 びりびりする。音っていうのは振動なんだと思い出す。耳から入ってくる音だけじゃない。全身、頭のてっぺんから足のつま先、内臓まで揺さぶられる。

 すり潰されていた自分を、無理やり元の形に戻されたような気分だ。耳に張り付いていた雑音を吹き飛ばして、僕の脳まで貫いていく、ミユの歌。

 誰だって聞き惚れる。その人間に、ちゃんと耳がついているのなら。


「もう一回、音楽やろうよ」


 晴れやかに言われた。その笑顔が気に食わなくて、僕は左手を突き出す。


「……僕に、できると思う?」


 僕の左腕は、肘から先がない。


 五年の時間をあっという間に飛び越して、ミユは僕の心を、叩き起こしにやってきた。音楽が好きで好きでたまらなかった、あの頃の僕を。将来はピアニストかななんて大人達がもてはやしていたあの子供を。自分が一番、ミユの歌を輝かせる伴奏者だと信じて疑わなかったような、かつての音楽少年を。

 でも、別に、僕が弾かなくても。いいじゃないか、ミユは。ままごとみたいな子ども同士のセッションより、高校生の軽音部の方が遥かに似合っている。


「ふーん」


 マイクに手をかけて、ミユが息を吸う。ヤバい、と思った瞬間には手遅れだった。


「バァーカッ!」


 こんな力一杯の、小学生みたいな罵倒は初めてだった。軽音部はみんな耳を塞いでいる。僕だって塞ぎたかったけど、左耳はどうやったって塞ぎきれないので直に攻撃をくらった。

 床に転がった僕を放置して、ミユが出ていく。顔のいろんなところからよくわからない汁が出てきて、僕はとりあえず軽音部に謝った。ミユに付き合ってくれたいい人達は、僕の左耳を心配した。



 久しぶりにヘッドホンなしで通学した。案外雑音が聞こえなかったのは、昨日のミユの歌が、まだ耳に残っていたからかもしれない。

 放課後まで辛抱して、軽音部の部室に行った。五人が囲んでいるちゃぶ台に、僕は持参したものを置く。


「入部はしないけど。これ、昨日のお礼」


 僕は正直、ミユはすごいと思う。あの事故の後、歌うどころか、声すら出せなくなっていたのに。昨日の歌は、本当に、よかった。

 ……だからこそ、悔しくなって、ムキになった。泣いてもわめいても、僕の左手は戻ってこない。それはもう諦めがついていたつもりだった。


 だけど、諦めたなんてポーズだって、見透かされていた。


「新曲」

「ふーん?」


 五年間あらゆる歌を聞いてきた僕の、最高に意地悪な一曲だ。覗き込んだベースの人が、うげえ、という顔をする。ミユだけが、笑って僕を見た。


「やってやろうじゃん。もちろん、トオルも演奏するよね?」


 まあ、流石に軽音部の人達を巻き込んでおいて、知らんぷりはできない。


「この曲だけだから」


 僕の言葉を聞いているのかいないのか、五人はいい笑顔をこっちに向けた。


「軽音部へようこそ!」

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