きつねうどん
前を走るバイクのテールライトが、少し左右に揺れる。限界だろう、と私は休憩を持ちかけた。次のサービスエリアまでは何分だろう。
十五分だった。眠たい相方を引っ張って、人気のないサービスエリアに入る。眠たいと言っても本気で寝に入るわけではなく、少し疲れたといった様子だった。ホットスナックの自動販売機を前に熟考しているので、しばらくすればまた元気になるだろう。
暖かいコーンスープを買って、手袋を外す。プルタブを起こすと、かしゅっと小気味良い音がした。喉を流れる熱いスープが、冷えた体にしみる。
相方が戻ってきた。手に何か持っているかと思ったが、びしりと得意げに私に差し出したのは、素うどんの食券だった。店がやっている様子がなかったので首を傾げていると、相方が早く来いと私を急かす。自動販売機の間から、シャッターが下りた無人の店の前を抜けると、確かに、食堂は煌々と明かりが照っていた。ご丁寧に、紺色の暖簾も出ている。
からからとドアを開けて暖簾をくぐると、相方は、トッピングはどうしようかと食券機の前でニコニコとしている。
「いらっしゃい」
愛想よく言った主人を見て、ああなるほどとうなずいた。カウンターの向こうで、小さい子をあやしながらせっせとうどんを作っていたのは、面長な美人だった。背負っている赤ん坊の頭には、大きな三角耳が付いている。黄金色の三角耳は、その女主人の三角巾からも覗いていた。
食券を出して、三分も待たずうどんが二杯出てきた。友人は、温泉卵を乗せた月見仕様。私は天かすとお揚げを乗せた和平仕様だ。出汁の香りがふんわりとして、裸電球の明かりの下で、湯気が立ち上る。相方と一口ずつ交換してから、私達はうどんをすすった。
ああ、熱い。熱いけれど、むせて吐き出さない程度のほどよい熱さだ。じっくり噛む間もなくうどんは腹に落ちていって、箸を止めたころにはすっかりなくなっていた。
「おいしい!」
相方もすっかり食べ終わってからそう言った。私もそれに同意する。女主人が嬉しそうにころころと笑った。
「お客さん、このあたりは、これからうんと冷えますからね。ゆっくり体を温めてお行きなさいな」
梅昆布茶がサービスで出てきた。
「悪いものに引っ張られないよう、おまじないもさぁびすしておきますからね」
それから十分ほどお茶を飲んで、御馳走さまと言って暖簾をくぐるとき、女主人が「御達者でね」と言ったので、何となく、もうこの店には来られないのだろうと思った。
眠気もすっかりなくなったので、相方とまたバイクに跨った。峠を越せば海が見える。朝日が昇る時間には間に合うだろう。
あれから十年ほどが経つ。けれど、後にも先にもきっと、あのきつねのうどんほど美味しいものはないだろうと、今でも思う。