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入れ子

 夢を見た。


 たいそう古い時代の夢である。私は刀を腰に差し、何かを一心に追っていた。何故と問うのも愚かなほどに不乱にである。やがて道が二つに分かれた。分かれ道に、薄汚れた男が座っていた。錆びた錫杖を抱えている。どちらにと問えば右をふいと見遣ったので、私は右の道へ行った。


 叢ばかりの道をまたしばらく駆けた。やがて道が二つに分かれて、また男が座っていた。どちらにと問えば左をふいと見遣った。ようよう見れば先刻と同じ男である。私は左の道に入った。


 やがて道が二つに分かれた。駆けるのに疲れたので、ずいぶん長いこと歩いてようやく辿り着いた。薄汚れた男が、分かれ道でぷかぷか煙管をふかしていた。どちらへと問うと右を見た。


「やい、この生臭坊主め。なんだって俺を惑わせる」

「そりゃ、お前さんが迷っているからだ」

「迷うものか。俺はあいつを追っているんだ」

「あいつってどいつだい」


 そう問われると私は答えられなかった。そういえばあいつの顔も名も知らない。ただ、逃がしてはならぬとだけ必死だった。


「悟れば道は開けるとも」


 坊主はそう言って、錫杖を右へ傾けた。私は右の道を行った。道は相変わらず細くまっすぐである。しかし左右の草が次第ににょきにょきと伸びて、気にもしなかった灰色の空が墨色になって、私はふと違和を覚えた。

 それでも進んでいくと、果たして、道は二つに分かれていた。しかし道の間には石がひとつあり、ま新しい錫杖がぽんと立てかけてあるのみであった。


 私は石の上に胡坐をかいて、錫杖を抱えた。目を閉じると、何を追っていたのか思い出せなくなった。あるいは夕焼けに伸びる己の影を追っていたのではとすら感じられた。

 刀を石の後ろに置いて、私は座りなおした。そうすると十年もそうしていたかのようにすとんと違和が消えた。私は追うものではなかったのである。追うものではないのだから、刀は私に不要であった。


 やがて一人の男が、息を切らせて私の前に来た。人を追っているという。私は右の道を示してやった。しばらくして、赤い顔でその男がまたやってきた。左の道を示してやった。


「やい、このくそ坊主。俺をだまくらかして楽しいか」


 刀を抜かれた。これは参ったと思った。しかし私の尻は石から離れようとしない。なるほど、道とは死であった。そう悟って私は笑った。


「悟りなさい。お前にも道が開けよう」


 刀が振り下ろされる。

 とたん、私は思い出した。私は友の仇を追っていた。民弥という鼻の丸い男である。殺さねばならぬ。友の無念を晴らさねばならぬ。

 刀が首に届くまでに、悔いて、嘆いて、また悔いた。恐ろしいほどに長い一瞬であった。私の首がごろんと転がって、丸い鼻の男は、青白い顔で私を見下ろしていた。


 男はしばらく何事か呟いていたが、やがて左の道へ入っていった。そうして月が昇って沈むころに、またその男がやってきた。

 私は、死人のような顔色の男を見て、笑った。首だけでも存外笑えるものだった。

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